川崎エッセイ 新・大阪もののけ紀行 その2 シェード HOME
妙な気配は地名印象と関係するようで、たとえば「九条」なる地名は京都では分かるが、大阪では怪しく響く。
放出(ハナテン)と言えば、中古車センター、九条と言えば名門九条OSなるイメージが、ついつい出てしまうのは、宣伝影響の怖さを表す一例じゃ。その因果関係は、数十年の歴史に過ぎず、これをネタにしたのでは、由緒正しき紀行文からは逸脱する。
とはいえ、いにしえの妖怪変化を追うのが、この稿の趣旨ではなく、あくまでも今風なる新たな妖怪変化をあぶり出すのが「もののけ紀行」の狙いなので、別段支障はない。
長い枕になったが、JR環状線の枕木に乗って九条を探索したことを、そろそろしたためよう。
JR環状線西九条駅、そこは阪神電車とも接触するターミナル駅なのじゃが、田舎のローカル駅に近い趣がある。駅前にこれという商店街も見あたらず、生活の臭いも都会の臭いも希薄じゃ。
「こんなところに妖怪が棲息するはずはない。失敗したか」と、わしは助手のガンジーに告白しょうとしたが、彼は寝起きらしく、のっぺらぼうのように無表情なので、言葉を引っ込めた。あとで聞くと腹具合が悪いらしい。
しかしこんな場所にも、痕跡ありと信じ、とりあえず神社へ向かう。その神社、名を忘れたが、江戸時代中頃に新田開発でできた「西野上之町」のものらしい。当然のことながら近辺に農家も田畑の痕跡は全くない。やはり失敗かと観念しておると、ガンジーが板塀を指さした。見ると畳一枚ほどの看板がはがされたあとがある。そこだけ色が違うのだ。これが何を意味するものかは推測しかねるが、何かがこのあたりにいると、わしは強引に読んだ。
そして安治川の防波堤で、奴の正体を確認した。それはコンクリート壁に落書きされた人影だった。シェードと呼ばれる西洋の妖獣そっくりの絵。ここで大事なことは、このシルエット画が、妖怪なのではのうて、これを描かせた背後にいる奴の存在なのじゃ。
ついにわしらは「九条妖怪シェード」を発見したのじゃ。あとは、その痕跡を追うのみよ。安治川の向こう岸に、強い霊気を感じるが、渡る橋とてない。ガンジーが、川底にトンネルがあると、とんでもないことを言い出し、ダンジョンの入り口まで案内してくれた。そんなロマンが、この九条に隠されておるとはと、思いながら地下へ降りるエレベーターに乗り込んだ。
安治川の川底に九条シェードの巣窟があることは確かじゃ。しかし、この川底トンネルには秘密の枝道がないため、仕方なく直進し、向こう岸へ渡った。
しばらく歩くと、九条の商店街の端に出た。「ひったくりに注意しましょう」とかのアナウンスが流れている。よく聞くと浜村淳の声。わしらの足取りが重くなったのは、その声を聞いたからに違いない。
直進すると地下鉄の九条駅に出てしまうので、枝道に足を踏み入れた。その瞬間、九条シェードの痕跡をまたもや発見したのじゃ。それは路面に書かれた地上絵じゃ。いや、よく見ると文字。字の一部を遠くから眺めると「まいど」と読める。しかし空中からでなければ、全体の文字は読めぬ。アーケードで覆われたいるため上からは見られない。ナスカの地上絵と同じものじゃ。
これも九条シェードが、商店街の若者に書かせたペインティングだったのじゃ。何のために……。
その謎を追い、路地を抜けると名門九条OS劇場の前に出た。ストリップ劇場じゃ。しかし、ポスターや出演者の名前が張り出されておらぬ。九条シェードがここでは逆技に出たようだ。この劇場に九条シェードの秘密が……。しかし、乗り込むための入場料五千円がないため、断念した。
ペインティング妖怪シェード、それは読者諸氏の町にもいるはずじゃ。妙なペインティングを見たら、それを背後で書かせた奴の存在を認識するがよかろう。