川崎エッセイ 新・大阪もののけ紀行 その5  裏エビス     HOME
 

「商売繁盛笹持ってこい」で有名な今宮戎へ、商売的に危ないわしは出かけることにした。ものには時期があってエベッサンは1月の中頃、何でもない梅雨空に行っても、戎の神様は寝ているかもしれん。いや、エベッサンの日にお参りに来た人達の「願」を果たすため奔走し、留守やもしれぬ。

 などと考えながら、地下鉄御堂筋線動物前で降り立ったわしは、助手のガンジーと共に、ジャンジャン横町を抜け、今宮戎への道を急いだ。あいにくの梅雨空、いつ雨が降り出すやもしれぬ。泣き戎にならぬよう、笑える取材を果たしたい。

 通天閣を通過し、ようやく恵美須町へ到着するが、よく考えれば、最新のハイテク機材やソフトを売ってる同じ街にエベッサンがおるというのもおかしな話じゃ。が、最新のハイテク技術も、まあ、言ってみれば電気仕掛けの神様のようなものじゃから、それほどかけ離れてはおらぬのかもしれぬわい。

 さて今回の妖怪は、裏エビスじゃ。何事にも裏と表がある。本当に大切なことは、裏側で取り決められたりするものじゃ。根回しや談合がそのいい例じゃ。今回のエベッサンなど、特に商売繁盛の神様だけに、裏取引は付き物じゃ。そして裏エビス参りは、裏だけに、誰にも知られぬまま、こっそり行われておるのじゃ。その秘密を、わしは調べることにしたのじゃ。これは触れてはならぬことに触れる危険度があるだけに、特に今回の取材は慎重じゃった。

 今宮戎の近くに来たとき、「裏千家」の看板をガンジーが教えてくれた。裏だけで、千も家があるのかと、ベタなことを考えたが、さすがにガンジーには話さなかった。

 さっそく今宮戎の境内に入ってみたが、テレビで見る風景とは、全く違っておる。そう言えばわしもエベッサンの夜に来たことがあったのじゃが、親子ずれが数人いるだけの境内に立っても、ここがあの場所だったのかとは思えんほど、印象がちがうのじゃ。本殿に近づくだけでも、大変な体力を使ったものじゃ。今なら、サクサクと歩けるので、逆に頼りなく思えるわい。

 妖怪裏エビスは、エベッサンと同じ姿をしており、境内の隅っこでこっそりと笹を売って生計を立てておると聞く。わしとガンジーは、境内をくまなく探すが、それらしい人影は発見できんかった。裏エビスがいつ出現するかは、裏エビスの気分で決まるようで、もし遭遇すれば、それこそラッキーと言うことになる。

 妖怪裏エビスの正体は商家のご隠居様説とホームレス説とがあり、また、複数の裏エビスがおるとも言われておる。この妖怪は、人畜無害で、福笹も無料で貰える。出没時間は静かな昼間らしい。つまりは、エベッサンの日と、全く逆パターンなのじゃ。

 エベッサンアイテムは縁起物で、この種のものが商売繁盛に繋がるのは、一種のプラス志向に貢献するからじゃ。そこにオカルト的御利益が発生するのではなく、商売繁盛を願う気持ちが、福を呼び寄せるのじゃ。  超近代的ビル内のオフィスに、福笹が置かれておると、ホッとするのは、人知では計り知れぬ世界が、まだまだ現役で存在しておることへの可笑しさからじゃ。

 裏エビスの痕跡を探しておるとき、わしの目の前に透明な玉が飛んできた。それは直径五センチほどの玉で、スウウウウと流れていった。ガンジーも同じものを見たらしい。が、横を見ると、少女が飛ばすシャボン玉だった。この「泡玉」を飛ばすことによって、裏エビスをおびき寄せようとしているわけではないらしい。

 妖怪裏エビスがもたらしてくれる福は、商売繁盛などではないのかもしれぬ。人の幸せは富だけでは決まらぬものじゃ。しかし、この俗界に生きる限り、富を抜かしたのでは生業が成り立たぬわ。そこが問題よのう。

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