川崎エッセイ 新・大阪もののけ紀行 その6  マチネ     HOME
 

 今回の妖怪は、有名な待ち合わせ場所に出没する「妖怪マチネ」じゃ。この妖怪は、人混みが好きらしく、駅付近の待ち合わせ場所で見た人も多かろう。 「いや、そんな妖怪見たことないで」と、読者諸氏は突っ込むかも知れぬが、妖怪は必ずしも妖怪の姿で、私が妖怪ですよと立っているわけではない。小豆洗いのように、ひとけの少ない河原に出没する妖怪ならいざ知らず、人が行き交うターミナル付近で突っ立ておるはずがない。

 さて、取材じゃ。大阪で有名な待ち合わせ場所は数多くあるものの、阪急梅田駅近くにある大きなテレビ前に決定した。この場所は妖怪など出そうにないが、古典的妖怪と入れ替わるようにして登場してきた「現代妖怪」は、新しい場所にも出没するのじゃ。ただ、マチネもそうだが、年季の入った妖怪でないだけに、完成度はまだまだ低い。

 待ち合わせ、当然、それは人と人との待ち合わせじゃ。最近は携帯電話の普及で、待ち合わせ時間や場所はルーズになっておる。たとえば梅田で待ち合わせるにしても、場所や時間は現地近くから連絡しあえば、いくらでも変更できる。地下だと携帯が繋がらないこともあるので、待ち合わせ場所は地上が好ましい。

 待ち合わせの解説をしておる場合ではない。話を進めよう。で、わしとガンジーは、阪急前の某大型書店の横の喫茶店で、待ち合わせ、例のテレビ前へ向かった。と、言っても目と鼻の距離じゃ。これほど楽な取材はない。

 しかし、そこで見たものは、普段見慣れている風景以上のものではなかった。いつものように人が立ち、数分後、待ち人が現れ、去っていく。しかしじゃ、そこでしばらく観察していると、いっこうに待ち人が来ないまま立っている人をおる。わしらが来る前からそこにいたようで、ついには腰を下ろして座り込んでしまった。

 すわ、これは怪しい。これぞ妖怪マチネかと思いきや、よく見ると社会人ではない人じゃった。さらに観察を続けると、座り込んだまま眠り始めた。どう見ても待ちくたびれたとは思えない。それは当然で、待ち合わせでそこにいるのではないからじゃ。

 妖怪マチネの発生理由は様々じゃ。待ち合わせにかなり遅れてしまった罪滅ぼし系。待ち人が現れぬまま、長時間待ち続け、引き上げたあとに待ち人が来るのではないかと気になり、気持ちだけがそこに突っ立っているタイプなどじゃ。さらにすっぽかし系もある。

 待たせるも良し、遅れるも良しでは、社会人として失格。しかし、待ち合わせをすっぽかす人間もおるし、最初から行く気もないのに、会う約束をする者もおる。

 昔から、妖怪は、山と里との接点に出没しやすいように、人と社会、社会と社会、人と人が接触するところは今も昔も妖怪は発生するものじゃ。

 普通の人とマチネとの見分け方は、一見しただけでは分からぬ。しかし、その場をよく観察すれば、マチネ現象が起こっておるようじゃ。  その現象とは、誰もいなかった場所に、急に誰かが立っておったりする。これは待ち合わせに遅れた者の分身像じゃ。同じように待ち合わせ場所から立ち去った者が、分身を残しておる場合じゃが、これも実体がない。長時間立っておるように見えるが本体はない。

 そんな危ない「不透明人間」が群衆の中に混ざっておる。都会ならではの妖怪で、見知らぬ人が行き交い、互いに無関心故、突っ込まれることのう存在しえるのじゃ。

 待ち人が、そこに立っておると思い、近づいてみると、別人だった経験があるじゃろう。また、すっぽかされて、移動しても、まだその場所に心が残っておるような経験もあるじゃろう。  人を待たせ続けると、妖怪マチネが発生する。気を付けるべきじゃ。

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