川崎エッセイ 新・大阪もののけ紀行 その11 妖怪千囃子 HOME
京阪森小路駅近くに二館の映画館があり、そこが根城の妖怪が、その後どう暮らしておるのか、ずっと気になっておった。
「映画坊」と申す妖怪にて、いつも前の方の座席で丸坊主の頭を半分だけ出し、ただただ眠っておる。下町の映画館の入りが悪うなり出してから、さらに目立つようになり、映画坊が出る映画館は先が短いと噂された。
森小路駅に降り立つと、珍しく助手のガン爺が先に来て待っておる。
しかし、取材場所の洋画名画館も、その先の東映封切館も跡形なく消え失せ、映画坊どころか、映画館があったことさえフォーマットされておった。
助手のガン爺も、わしの頭の中にある妄想に対し、手助け出来ぬらしい。途方に暮れながら、駅前に戻るバス道を渡りかけたとき、信号がない交差点であることを知る。大阪市内に、そんな交差点があるとは、さては妖怪の仕業…と期待しつつ脇道へ入り込む。
どうやら商店街らしい。映画坊の探索を諦めたわしらは、何かに引き込まれるように、進入した。
その道は京街道にて大阪と京都を結びし由緒正しいき街道沿い。
京都方面へ進むにつれ、異様にきつい霊気が近づいてくる。
案の定、その先に、それらしき巨大洞窟がぽっかりと口を開けて待っていた。よく見ると千林商店街。霊気はその洞窟内から発せられておったのじゃ。
この気配は明らかに妖怪「千囃子」じゃとわしは直感する。商店街にオバハンを惹きつける結界を張る妖怪だ。
千囃子の「囃子」は「祭囃子」のあの「お囃子」にて、囃し立てる妖怪種。囃子手千人に匹敵する鳴り物入り妖怪なのだ。
早速、千囃子の仕業と思えるマネキンを発見。どう見てもオバハンがモデルじゃが絶世の美女。このマネキンに招かれ、千林周辺のオバハンが、磁石に吸い寄せられるように、来ておるのだ。オバハンで美人、それは滅多にない存在。しかし造形物では実現する。
オバハンに夢を与える結界。それが千囃子の仕掛けた結界による吸引力なのじゃ。閑古鳥鳴きし商店街が多い中、この繁盛ぶりが何よりの証拠。
千林ブランドらしきオバハン服はアクリル繊維の安く軽く蒸れるファション。この蒸れこそ、オバハンのダイエット服でもあり得るのだ。
防寒帽が欲しくなり、帽子屋に入る。おびただしい数のオバハン帽、オッサン帽が花咲くように陳列されておる。
ニセ皮やもしれぬと思いながら、レザーハットを手にする。裏地が妙に派手。ガン爺が「女性物でっせ」と警告。ここはオバハンの楽園なのだ。
妖怪千囃子は商店主の頭にオバハン電波を送り、仕入れや店のインテリアに影響を与え、古き良き大阪時代、つまり笠置しず子が買い物ブギを歌いし時代へ、浄化してくれるのだ。
妖怪千囃子がこれほど影響を及ぼすには、土地の事情もある。千林、そこは某巨大スーパー発祥の地。スーパーの原点はオバハン相手が基本。妖怪千囃子がこの地で結界を張れる土壌が既にあるのじゃ。
商店街と千林駅改札口はひっついており、その近くの喫茶店にて休憩する。ガン爺が森英恵ブランドの花柄食器を発見する。ここもまた千囃子の結界内なのじゃ。
千林駅のホームから見る町並みは、背の高き高き建物少なく、笠置しず子がいつでも戻れるそうなる町。
ふと、耳を澄ませば「オッサンオッサンこれなんぼ」と聞こえてきた。