川崎エッセイ 新・大阪もののけ紀行 その15  清姫大蛇     HOME

 前々回、大阪市営地下鉄谷町線終点大日駅に降り立つが妖怪は出なんだ。今回、もう一方の終点八尾南駅周辺紀行となる。これは地下鉄谷町線紀行と名付けてもよい。
  八尾と聞いただけで河内のイメージが沸く。河内音頭や今東光原作大映映画「悪名」の世界じゃ。しかし、八尾の朝吉がうろうろしているわけではない。
  また八尾は尾が八つある狐の妖怪を連想する。
  駅から出ると、そこは何もない土地が水平線が見えんばかりに広がる。田畑ではない。助手のガンジーも、のっけからこの謎に寒さと共に震える。
  きっとバルブが弾け、何か建てようとして失敗した跡だと思いしや、実は八尾空港跡。何かで、この空間を埋めぬと、八つの頭を持つ八岐大蛇のようなキングギドラが着陸するやもしれぬと心配する。
  あまりの風の強さにわしらは建物の入り組んだ路地へと逃げ込む。
  そこはこの辺りがまだ良き村里だった頃の面影を残す寺がある。観光寺ではないので、中には入れぬが、どの寺も天守閣のような鐘楼を持ち、この地の豊かさを思わせる。いざとなれば城塞となる結構だろうか。
  路地に沿いながら進むうち、わしは何かに引き込まれていくような力を感じる。
  そして、吸い込まれるが如く、とある鳥居を潜った。
  よくある鎮守の森の氏神様だと思いしや、由緒正しき神社らしい。
  最初にその惨事を発見したのはガンジーだ。神社の裏で鳩が死んでいた。かなり抵抗したらしく羽が方々に散っておる。
  しかし、今時そんな凶暴な格闘系の妖怪は滅多におらぬ。
  鳩は殺されただけで、食べられてはおらぬ。鳩は得体の知れぬ何かにやられたのだ。
  境内に石碑があり、道成寺跡と刻まれている。神社に寺跡これ如何に。
  あの「娘道成寺」で有名な寺跡だ。あの道成寺がここにあったとは、これまた謎めいておる。
  境内を出て横に回り込むと、妙な動きの白犬が来る。わしもガンジーもあっけにとられ、声も出ない。
  白犬は三本の足で歩いており、残る一本をお手をするようにあげているのだが、まだ生々しい傷跡が残り、ピンクの肉が見えている。ごそりと削り落とされたような感じにて、これは交通事故とかではない。魔物にでも攻撃されたのか、傷のある場所が尋常ではない。
  鳩や犬を襲ったもの…。
  わしの頭の中で再現フィルムが回り出す。その妖怪は娘道成寺に出てくる蛇に違いない。
  坊主の安珍に恋し、拒否された恋の炎は大蛇に変身し、安珍隠れ込みし釣り鐘に巻き付き、もろとも燃やしてしまう凄い話だ。
  その清姫大蛇が八尾のこの地に未だにとぐろを巻いておるのか…。
  その場所に、知らずと鳩や犬が近づき、鳩は命を落とし、犬は大怪我。
  この再現フィルムも折からの寒風ですぐさま吹き飛びし一瞬の映像。
  清姫大蛇が神社の裏におるわけではない。時空のポイントがあり、そこを踏むことで、妖しき空間にワープするのだ。そのため、ポイント地点は人が近づけぬ結界が張られておる。だが鳩や犬ははすり抜けたようだ。
  わしらは寒さに震えながら、八尾南駅前に戻る。放置自転車は一台もなく、全て駐輪場に止められている。八尾市民の行儀の良さにガンジーは感心したようだ。
  今回の妖怪は「とぐろ」と後で名付けた。
  後日、道成寺跡なる石碑文字、道生寺跡であることが判明。和歌山の娘道成寺とは関係なし。まんまと、妖術に引っかけられたわい。わしが見たのは清姫のナリなり。


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