川崎エッセイ 新・大阪もののけ紀行 その18 妖怪地下げ HOME
行ってみなければ遭遇せぬ場所がある。当然の話であり、何の不思議はない。
と、思うのは情報過多時代でも「漏れごと」が意外に多いということじゃ。
今回も何の街情報も得ぬまま、また下調べもなく、阪急宝塚線三国駅に降り立つ。十三の一つ先の神崎川近くの駅だ。
駅前に商人御宿時代の旅館が、都市化の波のうねりの中残っており、車寅次郎が利用しそうな趣だ。一つか二つ深い地層が露出しておる。
当日は猛暑ゆえ、炎天下を避けるため、わしと助手のガンジーは商店街のアーケード洞窟内に潜り込む。
両人、駅に着いた時、既に体力のほとんどを使い果たし、バッテリー残わずかで、ギリギリの二足歩行探索となる。
アーケード内は大阪周辺の商店街によくある景色なので省略。
人通りは多くはないが寂れてはおらぬ。
アーケード直進だけでは何なので、細き隙間道に入る。
ぐっと何かの気配を感じ、周囲を見渡せば、その「気配元」は腐りかけのスクーター。タウニーだ。渡辺貞夫がコマーシャルで乗っていた年代物じゃ。
映画「リンク」の貞子ならぬ貞夫が出たのではないかとドキリとする。
タウニーは放置ではなく、敷地内にあり、朽ち果てるまで、ここで年月を刻むのだろう。
数十年前では遺跡とは呼べぬが、時代のテンポが早いゆえ、一昔が大昔に感じられる。
そしてわしらは迷路のような路地裏を潜り抜け、妙な場所へ出る。
日陰を避けての省エネ歩行コースが、思わぬ場所へと誘ったのじゃ。
妖怪もののけとの遭遇は、こちら側が彼らのペースと同調することで開ける。
つまり、わしらこそ、他人が見れば妖怪歩きに見えたはず。
出た場所は、ワープでもしたかのような町並みが続く人里。
犬散歩の婦人の手に紐はない。三国一郎に似た老犬が、婦人の後を必死で追いかけているが、婦人は普通に歩くスピード。
三国犬が老い過ぎ、ぎりぎりの四つ足歩行なのじゃ。
そんな犬でも歩けるほど、その周辺の道路には車がない。
駐車違反がないどころか、車の姿がないのじゃ。
この光景は昭和40年代あたりの下町風景で、マイカーが珍しかった時代にて、町内に入り込む車などほとんどなかった。
ここは果てとはいえ大阪市内。こんな空間がまだ残っておるのかと思うと感動さえ覚える。
わしはまるでロストワードをゆくが如く、奥へ進むと、小さな道が集まる辻に出る。三国の辻と勝手に名付ける。
そして前方に長者屋敷を思わせる茅葺き家屋が現れれ、その密度はぐっと深まる。
赤子を背負った子守が風車を回し、ひよこ売りを見ておる。駆け出す子供の行き先は原っぱの紙芝居…
背中から汗が噴き出る。
これは妖怪「地下げ」の仕業。下の地層へ引き落とし、少し古き年代の幻を出現させる妖怪じゃ。
きっとわしらの歩調がこの妖怪とシンクロしたのだ。
もっていかれると感じ、車が一台も走っておらぬ大通りを抜け、術を振り切った。