川崎エッセイ 絵解き世間之事情 その15 ホルモン      HOME

 ファーストフード店やファミレスに行く頻度が多いと、それが日常的になり、それが自分にとっての食べ物屋の標準になることがある。慣れというのは恐ろしく、その頭で普通の店へ行くと、逆に落ち着かなくなる。

 先日新世界にあるホルモンの店へ立ち寄った。カウンター式の飲み屋さんである。この種の店はどの街の繁華街にも必ずあるのだが、中に入ってみないと、店の雰囲気がつかみにくく、下手をすると場違いな状態に陥ることもある。

 まず驚いたのは、灰皿がないことだ。床へ直接灰を落とすことになる。当然、吸い殻も床へ捨ててもかまわない。

 その床はコンクリートになっており、どこから来たのか分からない大きな野良犬が、外が暑いためか、そこで腹這いになって涼んでいる。店の犬でもないし、客が連れてきた犬でもない。  こんなことはファーストフード店では御法度だが、この店では日常となっている。それが自然の姿に見えてくるから不思議だ。

 この店にはトイレはない。用を足したければ、近くにあるパチンコ屋へ客は行くようだ。これもファーストフード店ではマニュアル化出来ない事柄だ。

 レジも伝票もなく、店主が紙片に書き込んだものを暗算ではじき出している。よく考えると、これも一種のマニュアルで、長年の経験を元に、この店と、店主と客の相性にあった合理的なやり方なのだ。

 たとえばカウンターに座って、注文すると「食券を買ってください」と、言われると、店の仕掛けを理解していないことを、注意されたような気になる。知らないことが恥になる。

 食べる側と作って売る側が直接、人として触れあえる店、その関係が精神的に重いと感じるときもあるだけに、微妙な問題だ。


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