小説 川崎サイト

 

鬼火

川崎ゆきお



 雨の降る里の道。端が丘にかかっており、竹林となっている。アスファルト舗装も古くなり、割れた箇所から雑草が生えている。
 竹林と道とは段差になっている。車は通れるが一車線のみ。一方通行になっていないのは、すれ違える余地が結構あるためだ。
 竹林の反対側は住宅地で、まだ古い農家が残っている。この道は村の端を走っている。竹林の向こう側は殺風景な山で、建物はもうない。
「鬼火」
 木下は、雨の降る夜、コンビニへ向かっていた。
 竹林前を通る度に、そう呟く。
 雨の降る夜、鬼火が出たと、古い記録にある。木下は目撃したことはない。江戸時代の話だろう。
 村のはずれの小道で、寂しい場所のため、いかにも出やすい。
 木下がここを特定したのは、竹林があるためだ。村は町名変更で、別の名前になっているが、昔の村名と一致する。
 記録では、郷となっている。吉川郷だ。
 吉川郷に出た鬼火は雨の日に限られる。
 何かが燃えている感じで、ちょうど松明の炎のような感じだ。めらめら炎が延びたり、揺れたりしている。
 木下が不思議に思うのは、それが火なら雨の日は消えてしまわないかということだ。
 まあ、それがこの世の物理現象なら、その説に意味はある。だが、この世の現象でなければ、消えないだろう。
 逆に雨の中でも燃えている火の方が効果が高い。
 この話は単純で、村人が村のはずれの道を夜雨の中を歩いているときに、鬼火を見たとあるだけだ。この記録は吉川郷から少し離れた村でも目撃されている。
 吉川郷でも、そういうことがあった程度で、それだけの記録だ。
 木下はその日も傘を差し、竹林が見える場所に立っている。できれば見てみたいのだが、最後の目撃情報は江戸時代のその記録で終わっている。それからぜんぜん出ていないのだ。だから、出ないことがわかっているので、安心して前を通れるのだ。
 昔は夜道を歩くことはそれほどなかったはずだ。さらに雨が降る夜なら、なおさらだ。
 妖怪変化が出るのではなく、怪しい人間が出るかもしれないので、鬼火話で脅したのではないかと思える。
 鬼火で驚くのではなく、怖いものが出るので、夜中の外出は控えるべきだという意味だ。
 また、雨の降る夜道は昔は足場も悪かったのだろう。だから、それだけでも危険なのだ。
 そして、竹林に悪者が忍んでいるかもしれない。
 木下のすべての想像は、現実化しない。当然といえば、当然だ。
 鬼火も出ない。
「今宵も鬼火は出ぬそうな」
 と呟きながら木下は歩きだした。

   了

 


2009年7月10日

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