小説 川崎サイト

 

心霊博士

川崎ゆきお



 心霊博士の所へ、珍しく客が来た。占い師が集まっているアパートだ。多種多様な占い師が、占い室を借りているのだ。ごくふつうの木造モルタル塗りアパートだ。昔は一般の家族が住んでいたが、今は、占い師の巣窟になったため、一般人は借りなくなった。
 心霊博士も、その一室を借りている。事務所ではなく、住居だ。
 周囲がそんな感じなので、住みやすい。自分の怪しさが目立たないのもいい。
 しかし、心霊博士は占い師ではないので、客は来ない。
 それが、最近ポツポツ来るようになったのは、同じアパートの占い師がマスコミで評判になり、テレビに出るようになってからだ。
 つまり、そのおこぼれで、客が流れて来るのだ。
 その日来た客は、ふつうの中年女で、飲み屋を営んでいるとか。
「で、何でしょう。私は占いはしませんが」
「いえ、背後霊を教えてもらいたくて」
「そんなものはいません」
「でも、あなたは、霊能者でしょ」
「そんな人はいません」
「幽霊が見える人がいるじゃないですか」
「それは、霊感者です」
「それそれ、じゃ、背後霊も」
「守護霊ならありますよ」
「それそれ、私の守護霊を教えてください」
「私にはそんな能力はないのですよ。また、そんなものを見る能力のある人もいません」
「ああ、そうなんですか。ここじゃ無理なんですか」
「どちらへ行かれても無理ですよ」
「でも、有名な霊能者が背後霊を見てくれるとか、あるじゃないですか」
「あなたの干支は何でしょう」
「兎です」
「じゃ、あなたの守護霊は兎でしょ」
「そうじゃなく、江戸時代の人とか。先祖の誰かとか」
「そんなものが後ろにいるとなりますと、幽霊のようなものでしょ」
「守ってくれる霊です」
「残念ながら、私には見えません。また、それを見る能力のある人など、いないと思いますよ」
「でも、ここは占いと霊感の長屋でしょ」
「アパートです」
「どちらでもいいです。そういう場所でしょ」
「だいたい、その背後霊というものがどうかしたのですか」
「私を守ってくれています」
「じゃ、それでいいじゃありませんか」
 婦人は苛立ち、出ていこうとしたが、勘定はどうなるのかと心配になった。
 心霊博士はそれをさっしてか「御代は結構です」と先に言う。
 婦人は安心したのか、息を吐いた。

   了



2009年7月20日

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