小説 川崎サイト

 

市場伝説

川崎ゆきお



「これは都市伝説でしょうかねえ」
 今田が、神秘研究家に尋ねる。
 神秘研究家とはただのあだ名だ。二人は軽い知り合いだ。今田は話題がなくなったので、その話を振った。
「どんな話?」
「古い市場なんだけど」
「はいはい」
「もうつぶれて跡形もないんだけど、それが出るんだ」
「市場が出るのかい」
「そう、市場のお化けさ」
「それは背景ものだね」
「背景もの」
「ああ、市場の中の何かが出ると怪談になる。よくある怪談話だ。主人公はその化け物で、市場は背景」
「それで、背景もの」
「うんうん」
「じゃ、都市伝説に近いね」
「市場の幽霊ならね。でも、市場は化けないでしょ。市場の何かが化けるとかはある。看板とか、装飾ものとかがね。でも、全体が化けるとなると、これは異境ものかな」
「今風だから、都市伝説でしょ」
「それより、どんな現象なの?」
「だから、夜になると、ないはずの市場の入り口が現れ、灯りが点くんだよ。裸電球のあの暖かい光がね」
「その市場、もうないんでしょ」
「住宅地になってる」
「じゃ、そこと重なるわけだ」
「入れ替わるような感じかな」
「ふむふむ」
「それで、古くてゴミゴミした市場なんだけど、人はいないんだ。無人なんだ」
「ああ、市場が主人公だから、そうなるのかな」
「でも、それを見た人はいないんだ」
「え、じゃ、誰も、その市場の幽霊、見ていないわけ」
「そうなんだ」
「どうして?」
「人通りがないときにしか出ないから」
「ああ」
「目撃者がいると出ないんだ」
「じゃ、誰も目撃できないね。しかし、どうして、誰も見ていないのに、古い市場が現れる話があるんだ」
「誰かが言い出したんだ」
「その誰かも目撃できないわけでしょ」
「偶然、何かの手違いで、見た人がいたのかもしれないよ」
「手違い?」
「誰も見ていないと思って、出たとか」
「思うのは、市場なんだね」
「市場の幽霊さ。たまにはミスすることもあるんだろ」
「なるほど、都市伝説らしいね。噂だから」
「その話、聞いてから、その前通ると、本当に出そうなんだよ。裸電球のあの灯りのある市場が……」

   了



2009年7月22日

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