小説 川崎サイト

 

言葉の人

川崎ゆきお



 人は言葉で考える生き物だ。何かを思うときも、言葉を使う。果たしてすべてがそうだろうか。
「言葉で考えるでしょ」
 国語力のある岩田が言う。
「いや、言葉だけで考えないよ」
 国語力のない高橋が反論する。
「ほら、それも言葉で言ってるでしょ」
「それは、伝わらないからだよ」
「言葉だけで考えてないって、言葉で考えて言ってるでしょ」
「考えたことを言葉で言ってるだけだよ」
「じゃ、その考えは、どこで発生したの」
「カンだよ」
「ほら、カンも言葉でしょ」
「何となく違うかもしれないと、感じたんだよ。言葉で考えたわけじゃない。そんなの、後で、言葉で整理しただけさ」
 この場合、言葉を使った対話のため、言葉を使うのだろう。
「何かを思うときも、言葉を使うでしょ」
「いや、使わないときの方が多いぜ。急に誰かの顔を思い出すことがあるよ。それ、名前の前に出てくる。昔見た風景なんて、言葉でひねり出せないぜ」
「でも、昔とか、古いとか、言葉じゃないか」
「そのときは、昔とか、古いとかは思わないで思い出すぜ。それに犬や猫は言葉を知らないけど、餌がほしいとか、散歩へ行きたいと思ったり、考えたりするじゃないか」
「それは反応だよ。動物的で、人間的じゃない」
「言葉だって、犬のように反応するだけのことだってあるじゃないか」
「そんな下等な話じゃないんだ。僕の言ってるのは」
「君は散歩中、風景を言葉にしているのかい。いちいち」
「風景……風景は風景だよ。風景でくくれるじゃないか」
「それじゃ、具体性がないだろ」
「やろうと思えばできるけど、その必要がないからさ。意味がそこにあれば別だけどね」
 つまり、言葉は意味と繋がっているようだ。
「暑いとか、寒いとか、言葉があるから、わかるんだ。暑いとき、暑いと言うだろ。暑いと思うだろ。その言葉を出して暑さがわかるんだ」
「そんなの、出さなくても暑いのは体が知ってるよ。だから、確認じゃないか」
「それだよ。僕が言ってるのは。言葉で確認することで、状況を整理するんだ」
「どうして?」
「普遍性を得る為さ。その状態を暑いと言うことで、明快にできるんだ。そうじゃないと、不安だろ」
「不安?」
「状況把握だよ。それがどういうことなのかを、知ることで、安心できるんだ」
「車とぶつかりそうになったとき、とっさに避けるだろ。そんなの、言葉で判断してからじゃ遅いよ」
「だから、そういう単純な話をやってるんじゃないんだ」
 高橋は国語能力を活かした仕事をやっている。岩田はあまりしゃべらなくてもいい仕事だ。
 高橋はそのため、言葉について常日頃から考えている。それだけの違いだろう。

   了


2009年7月23日

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