小説 川崎サイト

 

相談相手

川崎ゆきお



 草地なく木もなく、緑のない路地だ。安普請のアパートが点在し、風が吹けば壁から粉が飛んできそうな、ほこりっぽい場所だ。
 上田は友人に頼まれ、中村という男の部屋を訪問した。
 上田は癒し系で、人生について語ることが好きで、悩みの相談相手として、仲間内での評判も高い。
 その仲間内の一人が、中村という男に話を聞いてやってくれと、上田に頼んだ。
 世話好きな上田は引き受けた。そういうことが好きなだけなのかもしれない。
 中村は不審がりながらも、上田をプライベートルームであるアパートの一室に上げた。
 会社に行くのが嫌になり、籠もっていたのだ。
 その兵糧のようなカップラーメンや、コンビニ弁当の容器がゴミ袋からはみ出でいる。
 嫌な上司がおり、無理な仕事を押しつけ、できないと責める。よくあるパターンだ。
 きっとその上司も病んでおり、まともでなくなっているのだろう、と、上田は解説した。
「じゃ、どうすればいいんだ」
「いや、そういう解決策を考えようという熱があるだけ、元気なら大丈夫さ」
「熱?」
「やる気ということさ」
「やる気だけでは何ともならんから、こうしているんだ。解決策が尽きたんだ」
「このままじゃ、退職になるよ。それならそれで、新たに作戦を立てのがいいと思う。やはり、熱がある間に、自分から動くことだ。リードされるのではなく、リードするんだ」
「えっ、何をリードするの」
「人生航路をリードするんだ。君が」
「しかし、転職するにしても、また、同じことになる。それを考えると、動けない」
「何が、同じこと?」
「今まで、何度も転職したんだ。職場の誰かと馬が合わない。それが気になって気になって仕事どころじゃないんだ。別の会社なら顔ぶれが一新するはずだから、解決すると思ったけど、やはりいるんだ」
「そりゃ、どこにいてもいるもんさ。人間一人じゃ生きていけない。だから、馬が合わない人間がいても、我慢するのも大事だし、それも仕事だよ」
「しかし、今回は、上司の性格じゃないんだ。苦手なタイプじゃないけど、言ってることに無理があるんだ。相性じゃない」
「じゃ、その上司の上司に相談すればどう」
「そんなこと、ばれたら、今の上司に叱られるよ。それに、無理な仕事を要求している本人だし」
「じゃ、悪いのは、上司の上司かい」
「そう、だから会社の命令なんだ。方針なんだ」
「だったら、そんな理不尽な会社、さっさとやめたらいいと思うけど」
「ああ、そう思ってるけど、ダメージ受けすぎたんだ。我慢しすぎて、切れたんだ」
 上田は話をそこで切り上げた。うまい解決策を思いつかなかったからだ。
 数ヶ月後、中村の会社はつぶれた。
 中村は相変わらず部屋に籠もっているようだ。
 世の中には何ともならないことが多くある。

   了


2009年8月8日

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