雲遊天下
川崎ゆきお
台風が残していった荒っぽい固まりの雲が流れている。
蛭田はそれを眺めている。
「何かありますか?」
蛭田がじっと立ち止まっているので、通行人がそれとなく聞く。
「雲ですよ。雲」
「雲が何か?」
「どんどん流れ、晴れていくでしょ」
「台風一過ですな」
「そうそう」
「それが何か」
「ほら、あそこに綿を引きちぎったような雲が……」
「ああ、ありますねえ」
「今、見ておかないと消えてしまいますよ」
「それが何か」
蛭田に何かはない。単にそれだけのことなのだ。
「じゃ、雲見学ですか?」
「いや、見学に外に出た分けじゃなくてね、ちょと散歩中、空を見たら、雲が散乱しているんで、つい、見ていただけですよ」
「あ、なるほど」
「納得できました?」
「しました。まさか、流れる雲を見るとは風雅な。そんな人がいるんですねえ。あなたは詩人ですか」
「ポエムは苦手です」
「じゃ、俳句とか」
「それもやりません」
「じゃ……」
「暇なので、見ていただけですよ」
「大いに納得できました」
「そうですか」
「私も暇でね、安心しました」
「安心?」
「私と同じように、持て余している人がいると思うと」
「何を」
「暇をですよ」
「ああ、これって、暇ってことなんだ」
「そうそう」
通行人は立ち去った。
蛭田は、本当に暇なのが、少し恥ずかしかった。了
2009年8月11日