小説 川崎サイト

 

ネギとニラ

川崎ゆきお



 六甲山で白骨死体が発見された。
 若き刑事高山は朝の食卓で新聞を開いたとき、それが目に入った。
「どうしたの健一」
 母親が聞く。
「いや、何でもない」
 健一は迷宮入り事件とこの白骨死体の関係が気になった。
「早く食べなさいよ。味噌汁さめるわよ」
「なんだこれは!」
 横に座っていた父親の元刑事が叫ぶ。
「どうしたの、お父さん」
「なんだこれはと言ってる」
「え、なにがなによ」
「この味噌汁だ」
「さめたなら温め直すわよ」
「そうじゃない。これはなんだ」
 父親は箸で青いものを挟み、ぐっと差し出す。味噌汁が垂れる。
「ニラじゃない」
「味噌汁はネギだろ。いつからニラを入れるようになったんだ」
「安かったのよ」
「違う」
「なにが違うのよ」
「ニラは違う。ネギでないとだめだ」
「似たようなものよ」
「違う。こんな平べったい草と、ネギとは違う。根本的に違う」
「同じよ」
「味噌汁にはネギなんだ。ニラの味噌汁など飲めるか」
「まあまあ、お父さん」
 健一が仲裁にはいる。
「健一、おまえはどう思う。このニラ入り」
「それよりお父さん、この記事」
「聞いていることに答えるんだ」
「ニラでもネギでも僕はいいですよ」
「おまえは無神経か、ネギがニラに変わっていたことに、気づかなかったのか。見ていなかったのか」
「あ、これニラだったんですか」
「わしも最初は、ネギだと思っていたんだ」
「昨日の味噌汁にもニラ入れましたよ」
「なんだと!」
 元刑事の父親は気づかなかったようだ。
「健一はどう思うの?」
 母親が聞く。
「僕はニラでもいいですが、最近豆腐じゃなく、凍り豆腐が入ってます。それ、戻してほしいです」
「わしは、豆腐でも凍り豆腐でも、どちらでもかまわん」
「お父さんに聞いていないわよ」
 六甲山で白骨死体。そして、迷宮入りの事件。それらはどこかへ行ったようだ。

   了
 


2009年8月13日

小説 川崎サイト