小説 川崎サイト

 

野原の夏

川崎ゆきお



 金網が破れており、中に入ることができる。中は一面の野原だ。
 周囲は平凡な住宅地で、そこだけ大きな穴が空いている感じだが、穴というより巨大な球場ほどの広さがある。下手すれば水平線が見えるほどだ。
 駒沢は夏の甲子園球場の映像を思い出す。ちょうど試合中で、テレビの映像が頭に残っているのだろう。
 たまにしか来ない町なので、何の跡かを忘れてしまった。
 近くの川の土手に生えているような背の低い雑草が地面を覆っている。
 炎天下だが、その草のおかげで、意外と涼しい。
 駒沢は懐かしい場所に来たような気になった。子供の頃遊んだ田畑のあぜ道と同じ匂いの草いきれだ。
「倉田の家はどこかな」
 急に後ろから声をかけられた。
 今時珍しい着物姿のお爺さんだ。
「ちょっと、わかりません。ここは更地になったようで」
「このあたりにあったんだがね」
「そうなんですか、以前、ここに家が……」と話している間にお爺さんの姿は消えていた。
 駒沢は四方を見たが、お爺さんの後ろ姿はない。今のは何だったのかと思いながら、しばらく周囲を見る。
 すると原っぱの遠くの方に、人影が見える。
 近づくと今度は老婆のようだ。こちらも着物姿だ。
 立っていた老婆が座り込んだ。
「どうかしましたか」
「うちがないのですよ。困ったなあ」
 どうやら、ここは住宅地の跡らしい。
「じゃ、ここは……」と、聞こうとすると、老婆も消えてしまった。
 駒沢は怖くなり、破れた金網の方へ戻ろうとした。
 ポツンポツンと人影が方々から沸くように現れる。
 軍服を着た若い男がいる。
 駒沢は何となく事情がわかったような気がした。
 空に鳥の群がゆっくり移動している。だが、よく見ると、それは人間だ。
 駒沢は近くにいる真っ白な浴衣姿の中年男に声をかける。
「ここはどこですか」
「団地だったんだけどね。ないんだよ」
 白い浴衣の中年男はぐっと上昇し、空中で停止する。
「ここなんだけどね。私の家」
 駒沢は金網に向かい走る。
 別にだれも邪魔しないので、元団地跡の野原から抜け出せた。
「そうか、お盆か」

   了

 


2009年8月14日

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