小説 川崎サイト

 

百物語

川崎ゆきお



 寺の本堂に百本の蝋燭が灯る。非常に明るいので、それを避けるため、隅っこの方に集める。
「まだ、明るいですぞ」
「そうじゃな、全部点ける必要はない。それにこの季節、暑い」
「冬ならいいのでしょうね」
「まあな」
 蝋燭は消され、語り手の机だけとなる。さすがに暗くなり、雰囲気がでる。
 有り難いはずの本尊の如来仏が闇の中で沈み、かなり不気味な雰囲気だ。
 語り手は十人おり、聞き手はいない。語っていない語り手が聞き役になる。
 最初の語り手が、軽く紀伊国坂ののっぺらぼうの話をする。
 一人十話で、十人で百話だ。
 語り終えると蝋燭を吹き消す。真っ暗となり、余韻が闇の中で映像を結ぶ。
 一人十話だが、一度にしない。一話話せば九話聞く感じだ。
 百話語り終えればこの世のものではないものが現れる。
 語り手十人は話を用意している。できるだけ怖い話だ。
 創作できないものは、昔からの言い伝えを語る。しかし、最近は新作はない。
 十話を暗記しているわけではないので、蝋燭明かりで書き物を読む。
 二十話までは、何とか聞けたが、徐々に飽きてくる。一度聞いた話をまた聞くのは退屈だ。ネタは重ならないようになっていたが、知っている話も多いのだ。
 四十話目で四谷怪談を語りだした。それが非常に長い。語り手は分厚い本を読んでいるのだ。
 語り手は自分でも長すぎると思ったのか、早い目に切り上げた。
 後半になると、もう、緊張感もなくなり、聞く側も適当に聞いている。次に自分が語るときのネタをくっている。
 佐賀の化け猫の語り手は油をなめる女の表情をかなりしつこく演じ、いかにも語りを堪能している。
 しかし、八十話目になると、もう熱演する気力も失せたか、語りが静かになり、ほとんど棒読みだ。
 そしていよいよ百話目の語りになる。
 最後は津軽地方の雪女の話だ。これはあまり知られていない話で、物語が複雑で、しかもやたらと長い。
 怪談話としては玄人受けする粋な話だ。最後の落ちは、凍り付くほど怖い。
 その落ちを語り終え、蝋燭を吹き消した。もう最後で、次の話し手はいないので、暗いままだ。
 本堂の天井から女郎蜘蛛の妖怪が降りてきた。顔だけが女だ。
 誰も反応しない。暗闇なので、見えないためではない。
 先ほどの語り手を含め、全員寝てしまったのだ。

   了

 


2009年8月16日

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