小説 川崎サイト

 

腰掛け観音

川崎ゆきお



 にっちもさっちも行かなくなった中小企業の社長が借金言い訳の帰り道、こんもり茂る緑を見た。大きな木がある。
「神社か」
 バス停からは逸れるが、社長は寄ってみることにした。
「神頼みか」
 もう、現実的にはそれしか残っていないのだが、神頼みは現実ではない。
 しかし、神風でも吹き、状況が変わるかもしれない。自力ではどうしようもないのなら、他力でいくしかない。
 先ほどの借金先も結局は返済を延ばしてくれなかった。これも他力だが、もう助けてくれる人間はいない。
 社長は古びた鳥居をくぐり、本殿へ直行した。
「助けてください」
 と、単刀直入に願った。この行為で、少しはテンションが上がるはずだが、鳥居を出るまでの安心感だろう。
 それがわかっていても、数秒でもいいから救われそうな気分になればいいのだ。
 戻ろうとすると、神木がある。その下に社がある。
 社長はそこにもお参りした。
 ぐっと、頭を上げ、大木を見上げる。幹は途中で切れており、高くはない。
 木の葉と青空が見える。
 社長はそのままの姿勢でじっとしていた。
「いる」
 木の枝に観音さんが腰掛けているのだ。ふくよかな女性だ。
「助けてください」
 社長は声を出して願いを言う。
 観音さんはにこりとうなずき、すーと姿を消した。
 社長は元気な足取りで、鳥居を抜け、バス停へ向かった。
 来たバスに乗り、車窓風景を見ているとき、ふと、違和感を覚えた。
「神社に観音さんはないだろう」

   了



2009年8月18日

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