小説 川崎サイト

 

真実の嘘

川崎ゆきお



「自分の言葉で話す。これって、どうなんでしょう」
「自分の言葉って、結局は他人の言葉の寄せ集めです」
「だから、その集め方、使い方の問題ですね」
「実はそれも、他人のを真似られるのですよ」
「ああ、それは言葉の宿命のようなものかな」
「役者が、役にはまるようなものです。まあ、この場合、台本があるので、言葉ではなく、表情でしょうね」
「本気に聞こえる言葉ってありますよね」
「それは、表情が加わることと、発言者のことを知っていることでしょうね」
「発言者のプロフィールのようなものでしょうか」
「いつもの彼や彼女とは少し違う言葉になっているからです」
「素直なことを言い出すとか」
「そうです。言っている言葉も素直でしょうが、今まで素直ではなかったことを知っているからです」
「じゃ、その人らしい言葉、その人の言葉って、何でしょう」
「態度の問題でしょうね。言葉遣いの問題じゃない」
「じゃ、言葉を発しなくてもいいんですね」
「態度で示すだけでもいいわけです」
「たとえば?」
「今まで、ご飯を食べたあと、そのまま席を立っていた人が、食器を洗い出すとか」
「なるほど、それは確実ですねえ」
「しかし、それは演じようと思えば、誰でもできることです」
「じゃ、まだ、その人らしい態度でもない」
「演じてしまえるわけですから」
「それは嘘ですか」
「その嘘を一生通せば、嘘ではなくなります」
「嘘だったと最後までわからないので、本当だと思うのですね」
「だから、その意味で、その人らしい言葉は、ある嘘の言葉を使い続けることです。本当のことなら、どこかで変化します。しかし、嘘は変化しない」
「では、本当のことを言っている人は、嘘を言っているのですね」
「その方が安定しています」
「はい、ありがとうございました」
「いえいえ」

   了


2009年8月20日

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