見知らぬ場
川崎ゆきお
「今、ここはどこだろう」と、思うときがある。全くここがどこなのかがわからない例は希れだろ。
たとえば旅行中の列車内で、今どこを走っているのかわからない時がある。確かにこれは「今、ここはどこだろう」だが、車内であり、旅行中であり、おおよその場所はわかっている。そこで知りたいのは駅で言えばどのあたりかだ。決して急に見知らぬ場所に投げ出されたわけではない。
本田が「今、ここはどこだろう」と思ったのはビジネスホテルの一室だった。
目覚めた時、いつもの室内とは違うので、一瞬戸惑ったのだ。すぐに旅先であることに気づいたのだが、その数秒間が妙に気になった。気に入ったと言うべきか。
これは謎が解けたからで、不安が去ったからだ。
「ああそうだったのか」とわかった瞬間、一種の快感が降りる。
目覚めたあと、嫌な仕事へ行くのではなく、旅行中なので、遊びの最中だ。楽しい一日が待っていることも加わる。
それとは別に、ここはどこだろうかと感じていた数秒も、悪くない。ミニ異空間旅行だ。
それで、居場所を認識した本田はトイレに立つ。いつもの場所ではなく、すぐ横のドアが入り口だ。これも新鮮だ。
旅行はすべてが新鮮で、いつもと勝手が違う場所にいるだけでも楽しい。
ビジネスホテルの何階にいるのかさえわからない状態だが、違和感が楽しめる。
結局本田はオーソドックスな旅行を楽しんだだけなのだが、そうした旅に出られるだけでも、気分がいいのだ。
早く目覚めたようだが、朝食はもう始まっているはずだ。食堂で喫茶店のモーニングサービス程度の朝食が出る。
本田は着替えるべきかどうかを考えた。田舎のビジネスホテルなので、寝間着姿でも問題はないだろう。宿の浴衣なので、ホテル内では大丈夫なはずだ。
本田はキーだけを持って行くことにした。
食堂がどこにあるのかはロビーで聞けばいい。知らない場所をうろうろするのも刺激的だ。今自分がどこにいるのかがわからない状態を楽しむのだ。
本田はドアを開けた。
その向こう側は特に変わった様子はない。了
2009年8月23日