小説 川崎サイト

 

頑張る男

川崎ゆきお



「頑張らないと楽ですねえ。当然ですよね。いつも無理していたから、ずっと辛かったんですよ」
「そうでしょ」
「頑張っていた頃はストレスもたまりましてね。ずっと仕事なので、運動もしていない。だから、スポーツセンターで頑張って運動してましたがね。ストレス発散にはなったけど、やけくそですよね。時間がないから負荷のかかる運動を賢明にやる。それで逆に体こわしましたよ」
「無理はいけませんからねえ」
「わかっているんですけど、余裕がないんでしょうね。余裕なんてある方がおかしいんだ。そう思っていましたから」
「今はどうですか」
「健康を取り戻していますよ。何事も、あまり頑張らない方が好ましいという、先生の指導、いいですよ」
「しかし、頑張っている人に言うと叱られますけどね」
「励ましじゃなく、怠けろと言ってるようなものですからね、反対ですよね」
「頑張ってもきりがないでしょ。そこで何かを達成しても、次がある。次はさらに頑張らないといけない。上へ行けば行くほど辛くなるものです。ますます頑張らないといけない」
「そうですねえ。終わりがないだから、一生頑張り続けないといけない。これて地獄ですよね」
「生き地獄ですよ」
「先生がおっしゃるように頑張らない方が余裕が出ますね。人生豊かになる」
「頑張らないことを勧めますと、頑張らないように頑張る人がいるのです。頑張らない方が苦痛なんです。焦るんでしょうね」
「僕も最初、それがありましたよ。でも、僕は元々怠けるのが好きでしてね。だから、頑張らなくてもいいと言われて、ほっとしましたよ」
「今はどうですか?」
「何事も適当で、中途半端にやってます。少し手を抜きすぎているような気も、しないわけじゃないですがね。これでやっていけるのなら、御の字です」
「じゃ、通院は今日で終えましょうか」
「はい、長い間ありがとうございました。おかげで助かりました」
 男は診療所を出た。
 先ほどまでのにこやかな顔が引き締まっている。厳しい表情だ。
 頑張らないことに励もうとしたが、どうしても頑張ってしまい、少しも楽になれないままだった。

   了


2009年8月27日

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