夜道を猫が通り過ぎた。黒猫だ。
「暗黒星と呼ばれる男がいた」
「はあ」
「今の黒猫を見ただろ」
「真っ黒でしたね、暗がりじゃ気付かないですね」
「暗闇よりも黒い猫だと、どうだ」
「どうだって?」
「それが暗黒だ」
「暗くて、黒いわけですね。二度塗りですね」
「黒い塊の猫じゃなく、暗黒なんだ。真の闇なんだ」
「闇って、何もないんでしたね」
「そうだ。実体さえない」
「今の黒猫は実体がありましたね」
「暗黒は穴が開いているような感じだ」
「穴ですか?」
「黒いのではなく、穴が開いているんだ」
「それは怖いです」
「穴の中には何もない」
「ブラックボックスなんだ……?」
「暗黒星だ。宇宙の穴なんだ」
「そういう人がいたんですね」
「みんなから暗黒星とあだ名されてた」
「暗愚とか……」
「暗黒だが輪郭はある。黒猫のようにね」
「課長はその暗黒星さんに酷い目に遭わされたんですね?」
「心の闇とやらにまんまと嵌められた」
「闇だから、何にもないんでしたね」
「だから、心の闇もないんだ」
「ああ、そういう話、学生時代に読んだ覚えがありますが、忘れましたよ」
「問題はね……」
「はい」
「その闇に入っちゃいけないってことなんだ。その暗黒星はぽっかり口を開けて待っている。まるで誘い込むようにね」
「で、その暗黒星さんはどうなりました」
「今もいるよ、社内に」
「誰なんです?」
「私の口からは言えないよ」
「ヒントをください」
「中身が何もないくせに、奥があるように見せかけるのが上手い奴だよ」
「輪郭だけってことですね」
「あ、妙な話をしてしまった。単なる愚痴だよ」
若い社員は、気になった。
「君のことじゃないからね」
「 」
了
2006年05月18日
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