小説 川崎サイト

 

側溝の男

川崎ゆきお



 住宅地の中におしゃれなマンションがある。その下の道に、一人の男がいつもいる。初老で人相が悪い。さらにサングラスをかけているので、さらに方向性がわかる。
 男がいる場所は、道なのだが、道路とマンションの間にある側溝だ。雨水しか流れないため、いつもは水はない。
 男はその側溝の底に足の裏をつけ、マンション側の側溝の縁に腰掛けている。わずかな幅しかないところに尻を乗せている。
 体が悪いのか、目が悪いのかはわからないが、杖を持っている。
 すぐに近くに小学校があり、その道は一車線の狭い道だ。
 小学生の通り道でもある。
 男は側溝にはまりこんでいるように見える。そして、サングラスなので、何を見ているのかがわかりにくい。
 その前を行く小学生も、一般の人も、自分を見ているのではないかと思ってしまう。顔の向きとは関係なく、目玉さえ動かせば、平気で直視できるのだ。
 その近くに立ち番が出る。近所の主婦や老人だ。腕章をつけ、数人で行動している。ただ、立っているだけのことだが。
 しかし、いかにも怪しい男が、通学路の側溝に座り込んで、じっと小学生を窺っているのだ。獣がウサギを狙っているようなものだ。
 しかし、立ち番も、あからさまに子供を襲うような人間などいないと内心思っている。
 それに襲う側の人間が、最初から姿を現しているし、しかも毎日そこにいるのだ。
 当然立ち番仲間でも噂になる。あの男に注意を与えるべきか、声をかけて、何をしているのかを聞くか、などの作戦だ。
 もし目が不自由で、サングラスをかけているのなら、人相が悪いとか、怪しいとか言えない。それに杖を持っているのも、目が悪いからだと解釈すれば、問題は何もない。その杖を凶器だと解釈する方がおかしい。
 では、なぜそんなところに座り込んでいるのかだ。
 その通りは、この前まで田畑だった場所で、いわば新興住宅地のため、昔からの人もいないし、横の繋がりも希薄だ。
 結局立ち番の一人が代表で、その男と話すことになった。
 その結果、様子が分かった。
 男は後ろのマンションのオーナーで、いわば自分の土地で座っていることになる。
 目は弱っており、明るいものを見るといけないので、サングラスをかけているようだ。
 全く見えないわけではなく、杖は足が悪いので持参しているらしい。
 と、事実関係はわかったのだが、それを知らない人々にとっては怪しい人間のままだろう。まさか説明して回るわけにもいかない。

   了


2009年9月4日

小説 川崎サイト