小説 川崎サイト

 

ファミレスの怪談

川崎ゆきお



 これは勝手な想像なのか、病気なのかはよくわからない。おそらく想像だと岩谷は解釈している。なぜなら、実際にそれが起こったことはないからだ。
 どういうことかというと、たとえば深夜に行くファミレスの階段だ。一階が駐車場になっており、入り口は二階にある。そこを上る階段の話だ。
 階段など上がってしまえばそれまでなのだが、このわずかな時間に岩谷は妙なことを考える。思考ではなく、単に思うだけ、感じるだけかもしれない。
 そう感じさせるほど妙な階段ではない。石段のような階段で、壁は煉瓦だ。しかし、よく見ると、合板で、石も煉瓦も実際にはないのだ。それでも何となく古風な雰囲気を醸し出している。単純なことでも引っ張られるような何かが生じてしまう。
 その何かを生じさせているのは岩谷の勝手な思いだろう。
 ではどういう思いかというと、階段とは関係はない。その先にあるドアだ。正確にはドアの向こう側だ。
 つまり、そこを開けると、いつものファミレスとは違う世界になっているという妄想だ。思いとか考えとかではない。そんな論理ではなく、それらの圏外の出来事だ。だから、現実にはあり得ないので、妄想なのだ。
 どんな現実かというと、いつもいる店員が別の人になっていたり、いつも来ているような客層とは違う人たちがいる。
 それはもう人ではないのかもしれない。
 岩谷は毎回その階段を上がるとき、そんなことを考える。それで、異常な世界が開けたためしはなく、いつもと同じファミレスの世界で座る。
 座ってしまうと、もう妙なことは考えない。頭から去っている。
 それなのに、次の日、その階段を上がるとき、また同じ妄想に襲われる。
 正確には襲われるのではなく、進んでそれを頭に浮かべる感じだ。
 岩谷は本気で、そんなことを思っているわけではないことを、本人も確信しているので、これは病気ではなく、楽しむための何かだと思うようになった。
 現実とは一皮違う世界があれば楽しいだろう程度の期待感だ。しかし、実際に期待通りになると困るのだが。
 その夜も、岩谷は階段を上がり、ドアを開けた。
 やはり、いつもの店内だった。

   了



2009年9月5日

小説 川崎サイト