小説 川崎サイト

 

虫の囁き

川崎ゆきお



 トンボが飛んでいる。
「秋ですなあ」
「夏、終わりましたね」
「こいつが飛び出すと、秋だ」
「鈴虫も鳴いてますよ」
「コオロギもな」
「いますか? コオロギ」
「縁の下にいる」
「私らの生業とは関係なく、彼らは季節になると仕事してますなあ」
「シンプルな生き方だ」
「はい」
「自分の生き方に対して、なにも考えない。まあ、そんなことを考える虫は逆に怖いがな」
「知能を持った虫ですか」
「虫にも知能はあるさ。だが、言葉がない」
「鳴いてますよ。あれは言葉じゃないのですか」
「赤ん坊の泣き声と同じだよ」
「そうですねえ。赤ん坊は人生を考えないですよね」
「あんた、いつから、人生考えるようになった」
「小学生の頃ですかね」
「早いのか遅いのかはわからんが」
「自分が何か、考えるようになってからですかね」
「ああ、どういう子供かが見えた時期かな」
「それはいつかわかります?」
「小学校三年生の頃かな」
「そのころから人生規模での思考があったのですかな」
「思考と言うほどでもないよ。どう生きればいいのかを考えた」
「何かに気づいたのですな」
「そうそう。自分というものをね」
「それは今もわからないのでしょうな」
「毎回結論は違っていた。今もそうだ。だから、やはり、なにもわかっていないのだろうね」
「これからもわからないと……」
「おそらく」
「でも子供の頃よりは、自分に対する理解度は上がったでしょ」
「データが増えただけのことで、よけいに悩ましいよ」
「最近の人生観はどうですか」
「虫に近づくのもいいかと思う」
「つまり、あまり考えない方がいいと」
「まあ、そういうことだが、これが一番難しいよ」
「局地ですね」
「境地だ」
「悟りの境地ですか?」
「悟るのをやめると言うことだ。これは難しい」
 二人のホームレスは暇なので、その後も人生を語り続けた。

   了

 


2009年9月6日

小説 川崎サイト