小説 川崎サイト



映画監督

川崎ゆきお



「話すようなことじゃなかったんだが……」
 雨はまだ降り続いている。
「あの監督は撮り直しを言わない人だった」
 キャメラの岩田が続ける。
「そう言われれば、そんな感じですね」
 助監の星野が言う。
「演技指導もしなかったなあ。シナリオに書いてあるってね」
「役者さん、大変だったでしょ」
「自分なりに演じていたよ」
「それって、バラバラになるんじゃ……」
「だから、役者同士で相談してやってたよ」
「じゃあ、監督はいらないじゃないですか」
「いや、それがあの人の映画なんだよ」
「絵作りはどうしてたんです?」
「俺が本を見ながら、なんとなくセットしたよ」
「でも、一週間でよく出来ましたねえ」
「監督に下手なイメージさえなけりゃ出来るさ。フィルム代も安くつくしね」
「でも、どうしてあの人が監督に?」
「他にいなかったんだろ、適当な人が。長くテレビのドキュメンタリーやってた人でね。オーナーの同級生らしいよ」
「プロデューサーが一度も現場に来なかったらしいですね」
「大作かかえていたからね、あの人」
「監督とプロデューサーとの関係はどうだったんでしょう?」
「もめたという話は聞かないな」
「でもやっぱり現場で、撮り直しはあったでしょ?」
「キャメラ回してたの俺だからね」
「あったでしょ」
「気になるか?」
「はい」
「俺が撮り直した」
「やっぱり」
「台詞間違えて、素に戻ってニヤニヤしてるんだよ。芝居にならんでしょ」
「そのとき、監督は?」
「オーケイだった」
「ひどい」
「俺がキャメラ故障したからって、撮り直した」
「そのシーン、見たかったですよ」
「全編そうじゃないか」
「ですね」
「あとで編集しても、どうにもならんゲージュツ映画だよ」
「でもプロデューサーがカンヌに出したんでしょ」
「それで特別賞だよ」
 雨が止んだのか、二人は立ち上がった。
 
   了
 

 

          2006年05月20日
 

 

 

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