ドラマにならず
川崎ゆきお
どこかで息を抜きたいと思っている男と、息を抜きっぱなしの男との会話だ。
しかし、いきなり会話が発生するわけではない。どういうきっかけで話すことになったのかの説明がいる。
息を抜けない男は、滅多に息を抜く場所がない。だから息が抜けない。だから、息を抜きっぱなしの男と会話する機会はほとんどない。
実はこの「ほとんど」の中に秘密がある。絶対にないわけではなく、ほとんどないのだ。だから時々あってもおかしくない。
その場所とはバス停だった。いくら息が抜けないほど忙しくても、バスを待っている間は息が抜ける。他にすることがない。
一方の息を抜きっぱなしの男は、バスに乗る限り、何かの用事があるはずなのだが、ただ単に暇なので、バスにでも乗って移動しようという程度だ。ここで偶然二人がバス停で立つわけだ。
しかし、会話が始まる確率は非常に少ない。
それが会話になったのは、二人が顔見知りで、地元の中学校の同級生だったためだ。
「久しぶり」
「ああ、久しぶり。元気」
「ああ、元気だけど忙しくてね。息もつけないよ」
「そりゃ結構、僕なんて暇で暇で息のつきっぱなしだよ」
「仕事は?」
「ぶらぶらだよ。退社してしばらくたつね。暇で暇で仕方がない」
「羨ましいよ」
「活躍は聞いてるよ」
「たいしたことないよ」
「忙しく結構だね」
「いやいや、たまにはゆっくりしたいよ。働きっぱなしで自分の時間がない。まあ、あってもやるような趣味もないけどね」
「それだけ磯がしけりゃ、儲かるだろ」
「まずまずだよ」
バスが来たので、二人は乗る。
そして車内でも話は続くが、互いに、これという切れはない。
一方は忙しい、一歩は暇だと言い続けるだけで、どちらも愚痴を述べるだけ。
日常での会話とは、そんなものだろう。了
2009年9月15日