小説 川崎サイト

 

烏間

川崎ゆきお



 じめっとした町だった。都心と郊外の間にある駅で佐々木は降りた。そのまま行けば終点はも大都市だ。郊外はその中間にある。そのため、電車は都心部から離れるほど辺鄙になるわけではない。都市と都市を結んでいるのだ。
 それにしても妙な町だ。町は古そうだが、賑やかさはなく、古い住宅が並んでいる。
 そして、旅館がやたらと多い。
 民家が続く通りに、ぽつんと旅館の看板が隠れている。別に観光地ではない。こうして旅館が多いのだから、駅前にビジネスホテルがあってもおかしくはない。しかしない。それに近いものはあるが、旅館に近いようなホテルだ。
 旅館が多いことはこの町に着てみなければ分からない。車窓から見ているだけでは見えない。
「面白いところがあるから、スナック系の店へ行くんだ」
 木下は友人から、それを聞き、面白半分に来てみたのだ。何かの話の種になるかもしれないと思って。
 駅前にはスナックはなく、少し入ったところに何軒かあった。住宅地の中にあるのも妙だ。あまり人通りが多くなく、飲み屋とかが並んでいる場所もない。あるにはあるが、駅気前に中華屋と居酒屋がある程度だ。
 木下は最初に見つけたスナックに入った。
 かなりの年のいったママが仮面のような化粧顔で迎えてくれた。テンションは低い。カウンター席しかない。
 こんなおばあさん目当てに客が来るのだろうか。
 木下はビールを注文した。ほとんど立ち飲みの客のような感じで、スナックぽくない。それで値段も想像でき、やや安心する。
「遊んで行かれますう」
 老婆は当然のような声で佐々木に問う。
「安い?」
「烏間なら安いですよ」
「烏丸?」
「じゃ、それでいいですね」
 老婆は数字が書かれたメモを木下に見せた。
 木下は支払った。
 メモの裏に地図が書かれている。
 よく分からないが、スナック代は払わなかった。請求されなかったのだ。
 地図にある印の場所は旅館だった。
「烏間ですね」
 玄関先で老婆にメモを見せると、話が通じていたようだ。
 案内された部屋は真っ暗だった。
 部屋に何かがいる。凄い化粧品の匂いだ。
 木下は電気を付けようとしたが、暗くてスイッチの位置が分からない。
 そのまま布団の中に、何物かに引き入れられた。
 旅館を出たとき、それが何物だったのかはついに分からなかった。
 烏は黒い。それだけのことだろう。

   了

 


2009年9月20日

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