小説 川崎サイト

 

究極のうどん

川崎ゆきお



 古くはないが、もう三十年ほど前にできた住宅街だ。町会が機能しており、横のつながりもある。ここに住んでいる人は全て顔見知りと言ってよい。その町の端に幹線道路がある。その向こうは別の町で、工場が建ち並んでいる。
 そこにうどん屋がある。工場街の人たちが昼に来る程度だが、その程度がさらに下がっている。近くにコンビニができたからだ。そのためうどん屋の客は半減した。さらに少し離れたところだがファミレスができた。これで、もううどん屋は致命的打撃を受けたはずなのだが、まだ残っている。
 その店に一人の巨漢が現れた。人を威嚇しそうな体型だが、まん丸い目に愛嬌がある。
 巨漢はうどんを注文した。
「うどん」と、一声だけだ。
 店の親父はかなり年配で、ひょろ長い。うどんと言われ、かけうどんを作った。
 巨漢はそのうどんを極めて普通に食べきった。
「名のある料理人と見た。何かの事情で、ここでうどん屋をやっておるのでしょう」
「いえいえ」
 主人は絡まれるのではないかと警戒した。
「この蒲鉾、ただ事ではない」
 何処にでもありそうな蒲鉾が二きれ入っている。他に葱が少量だ。かけうどんでも、その程度のものは入っている。
「この出汁も絶妙だ」
 巨漢は蒲鉾と出汁を褒めた。だが、それが美味しいとは言わない。また、肝心のうどんに関しては何も言わない。このうどんもスーパーでビニール袋に入っている一番安いタイプだ。決して自家製の手打ちうどんではない。そのため、このうどん屋の主人を名のある料理人と呼び根拠は何処にもない。
 巨漢は本題に入った。
「こんな薄く切った蒲鉾は見たことがない。素人では切れない。包丁の達人と見た。こんな紙より薄く切れる料理人は滅多にいない。それだけではない。この出汁は何だ。鰹出汁のようだが、最低限の出汁だ。つまり、何とか出汁と言える程度の出汁で、ここが限界だろう。これ以下だとただの湯だ。そしてこのうどんの柔らかさ、腰のなさ、これも限界ぎりぎりだ。これは極限のうどんだ。ここまで切り詰め、追い込んだうどんは見たことはない」
 達人は一気に喋った。
「満足を得た。ありがとう」
 そして立ち去った。
 主人は唖然とした。
 単にけちっただけのうどんなのに。

   了


2009年9月24日

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