小説 川崎サイト

 

よく分からない

川崎ゆきお



 事件と言うほどのことではない。木下探偵は町内の喫茶店に呼び出された。まだ朝の早い時間だった。
「呼んだのは他でもないのですがね。牧田さんが最近来ないのですよ。どうもその理由が牛島さんが来出したのが原因じゃないかと思うのですがね。そこんところを調べて欲しいのですよ」
 この喫茶店のヌシのような肥満した客の大川が木下探偵に説明している。その横にこれも常連客の老人がいる。このあたりの顔役だが、それは昔のことだ。今は朝の喫茶店に顔を出すことだけを日課に暮らしている。
「つまり、牧田さんと牛島さんは仲が悪いので、顔を合わせたくないのですね」
 木下が聞く。
「それはよく分からない。だから、事情が知りたい。どうして仲が悪いのか」
 ヌシの大川はボリュームのある顎で答える。
「それは、僕が調べなくても、ここにいる町内の人たちのほうが詳しいのではないですか」
「いやいや、仲が悪いことすら知らなかったのでな。決して事情通。町内通ではないのですわ」
 大川の首とあごの繋ぎ目を確認しながら木下は聞いている。
 大川の横にいる老人は半ばぼけているのか、反応がない。一応聞いているようで、首だけを上下させている。顔の中の部品は動いていない。
「牧田さんが来なくなったのは、牛島さんとは関係なく、違う事情も考えられますよ。毎朝のコーヒー代がもったいないとか、体調を壊したとか」
「牛島さんが来だしてから、一週間は牧田さんは顔を出さない。それまで八年ほど毎朝来ていたのですぞ」
「それで、依頼は何でした?」木下は改めて聞く。
「何度も言うように、牧田さんが来なくなった理由を探って欲しい」
「それだけのことですか」
「ああ、そうじゃ」
「それはいいのですが、どうして僕を呼んだのですか」
「顔なじみの山岡さんが探偵が引っ越してきたというもんでな」
 山岡とは木下が借りている部屋の家主らしい。
「それで、牛島さんという人は?」
「気にして、来なくなりましたよ」
「牛島さんもこの町内の人ですか」
「ああ、そうです。でも、朝、この喫茶店の客ではなく、もう一軒、国道沿いにある店の客だったはずです」
 横の老人は、楽しいのか、身体を揺らしている。
 木下は牧田に会い、牛島はもう来なくなったことを伝えた。
 そして、牛島に会い、あの喫茶店には、今後も行かないように伝えた。二人が仲が悪い理由は聞かなかった。そう言っているのは大川で、そこまで踏み込んで聞く気が木下にはなかった。ここが核心なのだが。
 二人ともその案を軽く呑んだ。
 その後、牧田は喫茶店に来ることはなかった。牛島が原因ではなかったようだ。
 一応活躍したので、依頼主の大川は喫茶店の珈琲チケットを木下に渡した。三十枚綴りだ。
 しかし、木下はその後、その喫茶店へは行っていない。

   了



2009年9月25日

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