小説 川崎サイト

 

呼び名

川崎ゆきお



 世の中には様々な人がいる。性格の多様性もその一つだ。気性と言ってもいい。しかし、これは見た目ではわかりにくい。気性は癖のようなもので、本性とはまた別だ。隠れていたその人の本質的な面が露出したとき、それを本性を現すとか言う。その本性の出先機関のようなものが気性かもしれない。
 青年上田と、老人高橋の悲劇は、最後は本性のぶつかり合いの悲劇を生んだ。しかしそれほどたいそうなものではない。ただ気が合わなかったのだ。
 場所は地元の祭りのボランティア活動だ。会場になるホールでの準備の時だ。
 伝統的な祭りではない。カラオケ大会のようなものだ。
 青年上田は音楽関係に詳しい。ライブやコンサートの手伝いによく顔を出している。いわゆる音楽ゴロだ。そういう場が好きなのだ。
 一方老人高橋は宴会の幹事が好きだ。かなり堅苦しい場でも切り盛りしてきた。
 二人がぶつかったのは単純なことだった。最初の自己紹介でだ。
「はじめまして、うーちゃんと呼んでください。それで結構です」
「高橋です」
 話はそれだけですんだはずだ。
 単なる二人の自己紹介のためだ。
 しかし、老人高橋は人をちゃん付け、この場合愛称で呼ぶ習わしを持っていない。それは親しくなってからの呼び名だ。
「どう書くのですかな。失礼だが変わった名前ですなあ」
「みんなから、うーちゃんと呼ばれています。だから、みんな僕のことをうーちゃんと呼んでます」
「あ、そう。じゃ、本名があるわけだ。それを教えてくれないかな。私はその本名で呼びたいんだ」
「いいですよ。そんな。うーちゃんで結構です」
「だけどね。そういう呼び方、私はできないのですよ。それに名前も分からない人とお仕事するのはいかがなものかと思いましてね」
「僕の名前はうーちゃんです」
「免許証もその名前ですかな」
「ここでは、そんな堅苦しくしないで、気楽な呼び方でいいんです。使い走りですから。僕。気楽に使ってください」
「でも、呼べないんだよ」
 青年上田は別に意固地な性格ではないし、頑固者でもない。いたって軽く、気さくな性格なのだ。
「上田です」
「ほら、名前があるじゃないか。最初からそう名乗ればいいのに」
 青年上田はむかっと来た。
 悲劇はイベント当日に起こったが、ここでは省略する。

   了


2009年9月29日

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