小説 川崎サイト

 

上と下

川崎ゆきお



 不思議な話とは、不自然な話かもしれない。ありふれた話は不思議ではない。あり得ないような話は不思議だが、どこか不自然だ。不思議とは普通ではない出来事だ。しかし、そんなことが頻繁に起こるわけがない。
 上田はそんなことを思いながら天井を見ている。古い家なので、天井板の木目がよく見える。合板ではなく本物の板だ。
 枕元にミステリー小説の文庫本が積まれている。枕を高くし、スタンドの明かりで深夜よく読んでいる。
 目が疲れたのか、姿勢が厳しくなったのか、枕を低くし、天井を見ている。
 しかし、天井を見るのが目的ではない。目が自然にそこに行くからだ。
「屋根裏の散歩者」
 そんな小説があったことを思い出す。屋根裏に人が入り込み、覗きをする話だ。昔のアパートでの話だったように記憶している。
 確かにそれは不思議な話だ。また不自然な話だ。屋根裏をうろうろし、隣の部屋の住人の私生活を覗くためだ。この行為は実行可能で、不思議ではない。人が入り込めないほど狭い屋根裏なら不自然だが、昔の家は意外と屋根裏は高い。しかし、それでも這いつくばらないと移動できないだろう。
 何を思ったのか上田は急に立ち上がる。そして押し入れを開けた。
 押し入れの天井板がはずれるのを知っていた。天井の様子を見るために外せるのだろう。
 天井板は長い。だが、そこだけは切断されており、一枚だけ外せるのだ。
 上田はそこから頭だけ出す。今まで下から見ていた天井を上から見ることができる。
 押し入れと自分の部屋とは太い横柱で区切られており、それが邪魔して、布団の上まで行けない。良く考えると、上田の部屋は一階で、上の階がある。そのため屋根裏は八の字に広がっていないのだ。上の部屋から見れば天井ではなく床下になる。
「無理だな」
 上田は布団に戻る。
 そして再び天井を見る。
 確かに天井板の上には空間がある。猫ぐらいならうろうろできるだろう。
 上田は今度は床下を目がいった。ここは一階なので、畳を上げれば地面が出るだろう。
 だが、その行為は実行できなかった。
 なぜなら部屋が散らかりすぎ、上げられる畳がなかったからだ。

   了


2009年10月14日

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