小説 川崎サイト

 

鬼を探して

川崎ゆきお



「鬼が出るので退治してくれと呼びかけていたお爺さんなんですが、最近見かけませんか」
 夜中のコンビニで立花が聞いた。
 店員は全ての語句が理解できなかったようだ。
「オニ?」それだけは音として認識できたようだ。
「鬼が……」
 店員は節分の時の駄菓子を思い出した。しかし、今は秋で、そんなものは置いていない。
「お爺さんがいたでしょ。店の前に」
 その店員は知らないようだ。
「あのお爺さんですか」
 横にいたもう一人の店員が記憶していたようだ。
「そうそう、そのお爺さんですよ。店の前でたむろしている連中に頼んでいたでしょ」
「そういえば、最近見かけませんねえ」
「何処の人だか分かりませんか?」
「あの爺さん、店には入ってきませんでしたよ。だから近所のお客さんじゃなかったみたい」
「でも、この近所のお爺さんでしょ」
「僕は、この町内のこと知りませんから、何処の誰かは分かりませんよ」
「じゃ、ここでたむろしていた連中は?」
「警察に通報してから、もう来なくなりましたよ。まあ、別の連中がたまに集まってますがね。毎晩じゃなく、たまなので」
「お爺さんの姿も、その連中も消えたわけだ」
「見かけなくなっただけですよ」
「鬼退治に失敗したと見るべきじゃないですか」
 これには二人の店員も引いた。
「僕もあのお爺さんに声をかけられたんですが、そのときは断ったんですよ。だいいち鬼退治なんておかしいでしょ。鬼なんているわけがない。それなのに、この先の路地に鬼が沢山沸いて出るとかいうもので、これは気がどうかしてると思った」
 これはまともな発言だ。
「しかし、今、エネルギーがあまってるんです。参加したいと思いましてね」
 この参加の意味が店員には解せない。
「お爺さんは鬼だと言ってますが、それは比喩ですよ。何かを鬼だと言っているだけで」
 レジに客が来たので、二人の店員は立花の相手をやめた。
 客が帰ったので、立花はまた話を始めたが、店員は完全に無視した。
 立花も、これ以上聞くのは迷惑だと空気を読み、コンビニを出た。
 立花は、鬼が出そうな路地をいくつか探したが、鬼はいなかった。
 当然だろう。

   了


2009年10月16日

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