小説 川崎サイト

 

終焉の地

川崎ゆきお



「あの村はおかしいよ」
 引っ越しマニアの上田が語る。
「趣味で引っ越しするかだよ」友人が聞き役だ。
「いやね、今回はね、ちょっと発想を変えて辺鄙な場所に住もうと思ったんだよ。これは新鮮なアイデアだと思った。私はねえ、主に繁華街の裏側とかが好きでね、大きなショッピング街の裏側とか、風俗店が並んでる通りの裏側とか、賑やかなとこが好きでね。まあ、それだけじゃないよ。ビジネス街のど真ん中にも住んだし、数歩で地下鉄の穴に入れるところにもね。それでね、趣向を変えようとしたんだ。それで思いついたのが寒村さ。できるだけ、人が来ないような山奥の村ね。たまにはいいだろう」
「それでもう戻ってきたの」
「そうなんだ。あの村は危ないよ」
「危ないのは上田さんじゃないですか。そんな辺鄙な村なら、出ていく人のほうが多いでしょ。残ってるのは老人ばかりで、しかも太古から住んでいるような親戚で固まったような」
「そすなんだ。実にそうなんだ。名回答だよ。それでね、別に追い出されたわけじゃないけどね。居心地が悪くてねえ。やはり場違いなんだな」
「ひどい目にあったのですか」
「それはないけどね。目だよ目。視線だよ。拒否するぞ。受け入れないぞ、というような目つきなんだ。過疎なんだから、村人が増えるんだから、歓迎して欲しかったよ」
「排他的な村だったんですね」
「だったら、そんな物件不動産屋に上げなきゃいいんだ」
「不動産屋も、村の事情知らなかったでしょうね」
「売り物件だったんだからね。買ってもいいわけだ。でも、住んじゃ駄目なんだろうなあ。それを買うのは村の縁者で、よそ者は買っちゃあいけないんだ」
「でもどうせ引っ越しするんでしょ。一年以内に超してきたじゃないですか」
「いや、いい場所なら、もっといるよ。今回は三ヶ月だ」
「で、買った家は売ったのですか」
「まだだよ。家も土地も裏山もそのままだよ」
「よかったら僕が行ってもいいですか」
「行くって、君が引っ越すのか」
「僕なら大丈夫かもしれません」
「君、まだ、老後の暮らしは無理だよ。その、なんて言った、最期に暮らす場所というか、住処というか」
「言いますねえ。そういうの、なんて言ったかなあ」
「まあ、それには早いよ。それにあの村はおかしい」
 しかし、その友人は上田が止めるのも聞かずに引っ越してしまった。
 そして、友人は戻ってこなかった。
 決してよくある話ではない。

   了
 


2009年10月17日

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