小説 川崎サイト

 

出来レース

川崎ゆきお



 工事中かな、と上田は思った。世の中には合図のようなものがある。この場合、工事中を示すものはなにも表示されていないが、交通整理員のような人が前方に立っている。住宅地の生活道路だが、その先にあるスーパーや駅へ続く道だ。
 その道はすぐに行き止まりになる。線路が横たわっているためだ。線路沿いの道と合流することになっており、警官のような服装をした男はその合流点に立っていた。
 工事は線路沿いの道路だろうと、上田は一人合点したが、そうではなかった。合流点に出てもいつもと同じ風景だ。
 では、この制服男はなにをやっているのだろう。まあ、人には事情がある。また、仕事内容もいろいろある。
 上田は線路沿いの道から踏切を渡り、しばらく歩いたとこにあるスーパーで買い物をした。今夜は簡単な湯豆腐ですませるつもりだ。勤め先が倒産し、浪人の身だ。
 そして、線路に向かって歩きだしたとき、先ほどの制服男が横道から出てくるのを見た。かなり狭い路地だ。その奥にある家の人しか通らないような場所だ。
 その男の足取りが何かおかしい。足が悪いのだろうか、それともそういう歩き癖なのか、かなりのがに股歩きだ。そして、横を向き、ペッと口から何かを吐き出した。唾だろう。
 上田はぐっと男に近づいた。彼の方が足が速いためだ。
 警官に似た制服のベルトの後ろに黒い文字が刻まれていた。
 自治会保安員と、読める。
 そして、その保安員は次の横道へ入っていった。
 後で、上田が知ったことだが、町内会で雇った人ではなく、市から派遣されてきているようだ。
 自転車整理の人たちと同じレベルらしい。シルバーセンターが請け負うような感じで、保安員を各町内に派遣しているようだ。
 路地裏パトロール隊とも呼んでいるようだが、隊は組んでいない。単独で町内を巡回したり、立ち番をしているようだ。
 そして、逮捕者が出た。下着泥棒の現行犯だった。取り押さえたのは近所の主婦たちで、取り押さえられたのは保安員だった。
 これもまた、裏情報として上田は知ったのだが、出来レースだったようだ。
 つまり、不審者を雇い、何らかの事件を起こさせ、そこで捕まえるというものだ。
 いくら何でもそんなことはないと上田は思っているが、その保安員こそが一番の不審者であるという印象だけは信じてもよい。

   了



2009年10月22日

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