小説 川崎サイト

 

一人散歩

川崎ゆきお



「寒くなりましたなあ」
 散歩中の岸田が、庭先に出ている武田に話しかける。
「最近見なかったねえ」
 武田が花壇に水をまきながら言う。
「不審者に間違われましてねえ」
「私もですよ」
「おや、武田さんも」
「それでもうあまり出ていないんですよ」
「そういえばよく公園でお会いしましたよね」
「あそこは散歩コースだったんだけどね、人目が厳しくてね。前を通れないですよ」
「僕は、あそこは避けてます」
「ここらも危ないですよ」
「だから、こうして話しかけているんですよ。この家の人と知り合いだってことを示すためにね」
「苦労しますなあ。私はもう、それも面倒になりましたね、滅多に外には出ません」
「そういう人増えてますねえ。みんな家にこもりきりで」
「散歩に出たいですよ。ちょっと気晴らしで歩いてみたいですからね。でも、逆に最近は緊張しますよ。外を一人で歩くのは」
「僕もそれで通報されましたよ。近所ですがね。だから、道を選んでますよ。意外とねえ、広い通りがいいですよ」
「じゃ、ここは危ないじゃないですか」
「今日は冒険ですよ」
「じゃ、リラックスして歩けない」
「でも、今度変な目に遭えば、もう外には出ませんよ」
「犬の散歩ならいいんじゃないですかね」
「面倒みれませんよ。犬は。それに飼う場所がない」
「じゃ、いっそのこと巡回員になればどうですか」
「それじゃ、散歩にならんでしょ。好きなときに出歩きたいですからね」
「ああ、なるほど」
 会話が途切れたので、岸田は庭先から立ち去る。
 そして、散歩コースを再び歩き出す。
 たまに車とすれ違うだけで、人の気配はない。
 しかし、岸田が気づかないだけで、道沿いの家の窓から見られているのだ。
 パシッと窓が閉まる音がした。
 それは、岸田に対する威嚇だった。
「今日限りにするか」
 散歩者がまた一人消えた。

   了


2009年10月26日

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