辻説法
川崎ゆきお
「夜道歩いてるとき、知らない人が後ろから声をかけて、妙なことを言われたことはありませんか」
「ないない」
「相手にしない?」
「君の話の相手をしないのじゃなく、相手をするもなにも、そんな経験がそもそもない」
「じゃ、僕の話を拒否したわけじゃないんだ」
「一応友達だからね」
「ありがとう」
「で、その話の続きをしたいの」
「はい、いいですか?」
「どうぞ」
「その人は人生について語りだすのです。人間はどうやって生きるべきだとか、人生の目的とは何だとか」
「それは、辻説法」
「まあ、その類ですが、夜道ですよ。しかも後ろからいきなりですから、辻説法とはかなり違います。内容は同じですが」
「君は、そういう目に遭ったの」
「はい、好きなもので」
「あ、そう」
「その人は、それから、僕のことを言い出すのです」
「今度は辻占いだな」
「占いの類ですが、別に当てたりしません。悩みがあるだろうと聞いてくるのです。人には悩みがあり、それは致し方がないことで、生きるとは、実はその苦行を指す……と、こんな感じです」
「君はその類が好きなんだ」
「はい」
「それで、目的は」
「解決方法を教えようと」
「そうくるか」
「はい」
「それは勧誘?」
「わかりません」
「乗らなかったの」
「得体が知れないですから」
「じゃ、その人の正体は不明か」
「教えられなくても、自分で考えますと答えました」
「そういう人生の臭い話をするの、君は好きなはずだろ」
「その夜は、つまらない事情ですが、急いでいたのです」
「なるほど」
「冷えましたでしょ」
「え、なにが」
「昨日から急に寒くなったでしょ」
「そうだな」
「それで、その人と出会う前に、信号待ちをしていて、そのとき、尿意が」
「ああ、じっとしてるとき、くるねえ」
「そうでしょ。それで、急いで家に戻ろうとしていたところだったんです」
「よかったじゃないか、妙な奴に引っかからなくて」
「今考えると、僕もそんな経験初めてなんですよね。いきなり人生を語り始める人って、しかも通行人に」
「酔ってたとか」
「そうかもしれませんねえ」
「独り言だったとか」
「ああ、なるほど」
「納得できた」
「はい、一応」了
2009年11月8日