小説 川崎サイト

 

街で見た

川崎ゆきお



 ある思いが人を動かす。それが動機になる。思いの幅は広い。その思いを意識していない場合もある。
 不思議と思いが消えると、動きも止まる。意識できない思いの場合、どうして止まったのかがわからない。急に動きが鈍くなり、電圧のようなものが下がり、稼働しなくなる。
「最近あまり出かけないねえ。体の具合でも悪いの」
 ずっと引きこもっている武田に親友の守口が問う。
「僕はずっと引きこもりだから、元々出歩かないよ」
「よく街で見かけたんだけど」
「よく街になんか行かないよ」
「じゃ、あれば誰なんだ」
「仮に街に出たとして、そこで僕を見かけたのなら、どうして声をかけてくれなかったの。それによく見かけたんだから、何度もだろ」
「いや、用事かと思って。邪魔しちゃいけないと思って」
「じゃ、人違いだ。似た人を見かけただけで」
 守口は納得できない。今日こそ聞き出そうと思っていた。それは、武田の引きこもりは嘘で、街でうろうろしているためだ。その目的が知りたい。
「君は僕をよく見かけたと言うけど、君もよく街に出かけているんだ」
 二人とも郊外に住んでいる。街とは都心部のことだ。
「いろいろ買い物があるしね」
「元気だねえ」
「ふつうだよ」
「でも、買い物だけ。それじゃ寂しいねえ」
「一人でぶらぶらするのが好きだから。武田君は部屋にこもりっきりだと寂しいだろ」
「無気力でね。何もする気がしないから、別に欲しい」
 しかし、武田の部屋にはいろいろな道具がそろっている。また、家電も多い。そのことを聞くと、母親が買ってきてくれるという。
「しかし、このパソコン毎年違うね。このビデオカメラも新しいタイプじゃないの」
「そうなの。母親がね……」
「お母さん、そんなに詳しいとは思えないけど。そこにある一眼レフデジカメ、先月出たばかりだろ」
 武田は、守口に指摘されたカメラを棚から取り出す。
「そうなの」
「外に出ないのなら、写すものないんじゃない」
「母親がね」
「自分で買ったんじゃないの?」
「仮に買ったとしても、写すのが目的じゃないよ。カメラそのものを見ているだけで」
「無気力なんだろ?」
「こんなの気力なんて必要ないよ。それに写しに行かないんだから、それでいいんじゃない」
 守口はすっかり言いくるめられてしまった。
 そして、自分よりも、引きこもりの武田の方が元気なこともしゃくにさわる。
「もう、帰るわ」
「あ、そう、またね」
 門を出た守口は、今度武田を街で見かけたら、尾行してやろうと思った。

   了


2009年11月13日

小説 川崎サイト