小説 川崎サイト

 

一人二役

川崎ゆきお



 人はちょっとした目的だけでも十分生きていけるものだ。目的は作らないとだめだが、大垣の場合、少し妙だ。
 これが果たして人生規模での目的なのかどうかがかなり疑わしい。人それぞれといえば、それまでのことなのだが。
 大垣はアパートを二部屋借りている。二階建ての、今にも潰れそうな建物だ。だが、その建物があってこその目的で、これが取り壊されると別の場所でやらないといけない。
 二つの部屋は表札が違う。
 もう、これでわかるように一人二役が目的なのだ。ただ、これは手段であって目的ではない。だが、大垣の中ではそれが目的となっている。一人二役を演じるのが目的なのだ。それによるメリットはほとんどない。邪魔くさく面倒くさいだけだ。
 しかし、なり代わることで、大垣は生き生きするようだ。
 片方になるときは変装する。長髪の鬘と黒縁めがねをかける。服装もアーチストのように派手だ。もう一人の大垣はふつうのサラリーマン風で地味だ。
 これを数年続けている。そのため服装も毎年変える。古い衣装では時代に合わないからだ。
 大垣は二タイプ分の衣服や小道具を二つ用意している。長髪の鬘も二つ必要だ。どちらの部屋でも切り替えられるようにするためだ。
 アーチストの大垣がサラリーマンの大垣に変身する場所は、アーチストの部屋でもサラリーマンの部屋でも、どちらもかまわない。
 そのためアーチストの部屋に入った大垣がサラリーマンになって出てくる場合もある。
 しかし、この一人二役はアパートの住人や近所の人にはばれているようだ。だから、一人二役を果たす目的は崩れている。
 実は一人二役だったことが最後の最後まで秘密のままでないとスリルがない。ばれればそこで終わるはずなのだ。
 大垣もばれていることは知っている。だから、もうやめればいいのだが、逆に安心して演じられる。ばれることに気遣う必要がないためだ。
 そうなると、目的がただのコスプレマニアになる。ただ、マニアの場合、なりすますバリエーションはもっと多いだろう。それにコスプレというほどの派手さはない。
 では、大垣は二重人格だろうか。その可能性はない。なぜなら、人格的な変化はない。外見が少し変わる程度で中身は同じなのだ。
 ただ、他の住人は、ややこしい人として、大垣とはあまり親しくしない。当然だろう。
 住民登録されているのはサラリーマンの方の大垣だ。だからアーチスト大垣は世の中には存在していない。
 アーチスト大垣になったとき、大垣は別に何もしない。アーチストではないからだ。ただただ、そういう扮装をしているだけだ。
 こういうのを悪癖というのだろうか。だが、そのおかげで、大垣は生きる目的を果たし続けている。人生の目的を持っている。だから、生き生きとしている。
 これに関し、他人がとやかく言う権利はないだろう。

   了



2009年11月14日

小説 川崎サイト