小説 川崎サイト

 

洋館を見た

川崎ゆきお



「町内の路地の向こう側に洋館が見えるんだ」
 吉田は落花生の皮をむきながら言う。
「そんな洋館などないんだ。よく通る路地だから、あればわかる」
「ふむ」
 北沢も皮をむきながら頷く。その話を了解したという意味ではなく、確かに今の話は聞いた……という程度だ。
「不思議だとは思わないかい」
 二人は暇なので、不思議な話で盛り上がろうとしていた。そのため、吉田は話しやすく、また、北沢も聞く耳を持っていた。
 指先で挟んでいた落花生の薄皮を北沢はこする。
「近所にそんな洋館はない。だから路地を間違えたのではない。また、その洋館は古い。だから、道を違えて知らない路地に入り込み、建ったばかりの洋館を見たのではない。三階立てほどの高さだ。しかも先がとがっている。ビルで言えば四階建てはあるだろう。そんなものがあれば、すぐにわかる。せいぜい三階建ての家とマンションが周囲にある程度だから」
「で、それで……」
「だから、話は終わった」
「それって、どこが不思議?」
 語り手の吉田は思わず落花生を飲み込んでしまった。噛んで味わいたかったのだろう。吐き出そうとしたが、もう喉の奥を通過中で無理なようだ。
「驚くじゃないか。いきなり見慣れない洋館が出現して」
「書割じゃない。芝居の」
 吉田はドキッとした。
「当たった?」
「工事中の目隠しというか、埃りよけというか、シートだった」
「それに洋館の絵が書かれていたんだね」
「まあ、そうだ。最初は驚いたよ」
「現実にあり得ることだね。それじゃ不思議じゃないよ」と、いいなが北沢は落花生を二つに割ろうとするが意外と固い。かなり力を入れると、割れないで皮がはがれた。
「本当に古い洋館が現れたら面白いのにね。嘘でもいいから」
「不思議だけど、話はそれですまないよ」
「そうだね、悪魔の館とか、呪いの館とかの話になるから、それにつきあわないといけない」
「そういう話もできるよ」
 吉田は今度は落花生を噛んでいる。
「そういうお話じゃなく、本当にあった話でないと、退屈だよ」
「じゃ、吉田君、今度は君だ。不思議な話をしてよ」
「さっきのシートに書かれた洋館の話で興ざめた。それもまた、あり得ないから」
「書けばできるだろ」
「防塵防音のシートだろ。わざわざ古い洋館を書くとは思えない」
「だから、可能なトリックを言っただけだよ」
「わかった。わかった。感心したよ」
 吉田は不機嫌になった。
 北沢も無口になった。

   了


 


2009年11月18日

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