小説 川崎サイト

 

気迫

川崎ゆきお



「あなたは人の表情を読めますか?」
 梅田が岡村に質問する。
「ふつうです」
「と、いいますと?」
「顔色とか……」
「顔色とは、そのままでいえば顔の色ですね。そうじゃなく、雰囲気のようなものですよね。顔が白いとか、黒っぽいとか、そういう意味じゃないですよね」
 岡村は、やや不快になる。わかりきったことをネチネチ相手が言い出すからだ。顔の色なら、化粧すれば、いくらでも色味が変えられる。しかし、顔が白っぽくなったり、赤っぽくなったりすることもある。だから、梅田がいう顔の色は別に間違っていない。どちらだろうかと岡村は考えた。
「つまり表情から、相手がどんな気分なのか、なにを考えているのかを、おおよそ推測するわけです。岡村さんも、そういう答えでしょ」
 岡村は頷く。
「では、気迫を感じるとはどんな感じでしょう」
 岡村は、その感じは、気迫を感じる感じだと答えてしまいそうになる。
「強い意志のようなものが感じられる……とかです」
 岡村は一般的だろうと思う答えを持ってきた。
「先ほどの顔色の問題も、気迫の問題も、相手のことをよく知っている場合に限られるのではないですか」
 気迫に対しての答えに対するコメントではなく、違うところを梅田がついてきた。
「それは、どういうことですか」
 岡村は、こういうときの反応でよく使うものの言い方をした。質問の意味が分からないととぼけたのだ。
「目の玉が黒豆のようで、低い鼻は上を向いており、口はいつも半開き、眉は下がっており、顔は丸い。こういう人から気迫を感じることは難しいのではありませんか」
 梅田は自分の意見を先に言いたいのか、岡村のコメントを飛ばしている。
「でも、そういう人でも気迫を感じること、ありますよ」
「だから、それはその人を知っているからでしょ。最初から気迫のなさげな顔の造りの人でも、多少の変化はあります。しかし、初対面なら、それがわからない」
「気迫とは雰囲気ではないのですか」
「形です。具体的な形です」
 気迫とは、どうやら気が迫るものではないらしい。気は形がないからだ。
 そのため、感じるとは、具体的な形の変化を見てのことになる。
「わかりましたか。だから、気迫が窺われるような形を出せばそれでいいのです。それは、精神的な意味での気迫などなくてもできることです」
 二人の会話を聞いていた、第三者がおかしさのあまりつい笑い声を出すところだった。
 二人とも気迫とは縁のない顔をしていたからだ。だが、二人は気迫を込めて会話しているらしい。それが気迫とは感じられず、滑稽な顔にしか見えないようだ。

   了



2009年11月25日

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