小説 川崎サイト

 

読書家

川崎ゆきお



「本の虫って言うんだか。あの人本ばかり読んで、何もしないのよ」
 三宅夫人が、遊びに来た弟にぼやく。
「兄さんは読書家だから」
「そうでもないのよ。読書は手段だというの」
「実用書? 読んでる本?」
「最近は時代劇を読んでるわ」
「歴史ものとか」
「ただのチャンバラの小説よ」
「じゃ、剣術家になるわけじゃないんだ」
「当たり前でしょ。だから、楽しんでるだけなのよ」
「姉さん、読書ってそういうものだろ」
「でも働かないで、楽しんでばかりじゃ」
「今日は?」
「今日も書斎にこもってるわ」
「聞こえるんじゃない」
「いいのよ。聞こえても」
「後で、喧嘩にならない」
「ずっとしてるわよ。そのことで」
「あ、そう」
「でも、そんなに本を読むの、楽しいのかねえ」
「読まない人もいるよ。僕なんか、苦痛さ」
「私も読まないけど」
「だから、読書の趣味は悪くないんじゃない」
「そうなんだけど」
「大人しい人だし」
「本当は、何かやろうとしていたのよ。あの人。それで本を読み始めたのよ。ワープロソフトの使い方とか、表計算の使い方とか、そういう本を読んでいたのよ」
「でも、そんなのマスターしても、大した値打ちはないと思うけど」
「そうねえ、誰でもできそうだし、そんな事務職滅多にないし、それに年だし」
「他はどんな本?」
「歴史紀行」
「徐々に、楽しむようになっていくんだ」
「温泉紀行」
「ああ、もう駄目だな」
「どうすればいい?」
 弟は思案するふりをするが、答えは出ている。下手に仕事に行くより、書斎にこもっている方が平和だと。
「私、二つもパートしてるのよ」
「いいじゃない、姉さんが食わしてあげれば」
 それらの会話は書斎に届いたようだ。
 三宅はスーツ姿で出てきた。
「ハローワークへ行ってくる」
 三宅は、義理の弟に軽く会釈し、出かけていった。
「都合が悪くなると、ハローワークへ行くのよ。それで就職できた試しないのに」
 弟は、義理の兄を羨ましく思った。
 
   了
 


2009年11月28日

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