小説 川崎サイト

 

口ずさむ

川崎ゆきお



「月が出た出た月が出た」
「はい」
「あまり煙突が高いので」
「はい」
「さぞやお月さん煙たあーかろ」
「はい」
「さのよいよい」
「なるほど」
「これは炭坑節ですねえ」
「三池炭坑に月が出た……ですな」
「はい」
「それが何か?」
「今は冬でしょ。それを口ずさんでいたんす。これは何でしょう」
「この歌は盆踊り出よく聞きますなあ」
「そうでしょ。私もそれしか連想しない。しかし季節は冬です」
「夏場、この歌をどこかで聴かれましたかな」
「その記憶はあります。やはり盆踊りです」
「では、お盆と関係があるのやも」
「その盆踊りは学校の校庭で、自治会主催で毎年やっている夏祭りです。盆踊りとは少し違う」
「では、今年の夏、その校庭から聞こえてきた印象は、お盆とは関係がない」
「はい、町内の祭りで、そういった宗教色は感じませんでした」
「何でしょうね」
「どうして、この歌が急に口から出たのでしょう」
「偶然引っかかったんじゃないですか。要するに鼻歌のようなものでしょ」
「でも、何で炭坑節なんですか。寒いとき、道を歩いていて、これが出てきたのです。合いません」
「それは意識しないと、素通りする問題でしょ」
「不思議に感じたのです。だから、その不思議の源泉を知りたい」
「リズムやメロディーからか、歌詞からか、どちらが好きですか」
「この歌のですか」
「そうです」
「両方だと思います。切り離せない」
「辛さの現れだと思います」
「はあ」
「働いている場所の情景でしょ」
「ああなるほど。私は仕事をしていない。じゃ、仕事の辛さではなく、仕事をしていないことに対する辛さの現れでしょうか」
「こういうことは、推測で、こじつけなんです。まずは、それを了解してくださいね。何の意味もない場合があります。実際には、その何でもないところに奥深い心情から漏れ出るものですが……。だから、意外と本音が、そういう鼻歌で漏れるのかもしれません。しかし、その正体を知ったからといってどうにかなる問題ではないのです」
「つまり、そんな分析は無駄だと」
「いえ、あなたが意味があると思うのなら、意味は発生します。そして、その解釈もできます」
「その解釈を聞きたいのですが」
「私はあなたではありません。だから、微妙なところはわからない。ただ一般的な答えしか出せません」
「答えは出ました」
「そうですか」
「働かないといけないなあ、と、今感じました」
「はい、お大事に」

   了


 


2009年11月29日

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