小説 川崎サイト

 

人形と踊る

川崎ゆきお



「妻と一緒に旅行でホテルに泊まったんだ」
「どちらへ旅行を」
「それがよくわからない」
「ああ、そうなんですか」
「わからんが、町中だったような気がする。大きなビルで、百貨店と合体しているようなホテルだ」
「じゃ、百貨店のホテルですね」
「そうだと思う。それでね、夜中、うろうろした」
「ホテルの中をですか」
「そうだ。まだ寝るには早いのでね」
「それで?」
「地下だったと思う。ホテルから出たのか、ホテルの中かはわからない。もう零時をすぎているので、さすがに店屋は閉まっておる」
「地下にテナントが入っているのですね」
「そんな感じだ。で、通路をずっと進むと、広い場所に出た。ホテルのロビーのような場所だが、カウンターのようなものはない。イベント広場のような大きな部屋だ。その舞台のよう場所で社交ダンスのようなのをやっておる」
「夜中にですか」
「他の店は電気を落としていたからな」
「はい」
「それで、舞台のようなところに正装した男が何人も並んでおる。相手を待っておるのじゃ」
「ホテルでそういうイベントが用意されていたのでしょうね」
「わしも、そう解釈した」
「それで?」
「それで、妻が飛び出して、待機しておった男と踊りだした。みんな恥ずかしがって参加せんかったが、妻だけが」
「それで?」
「踊ったあと、妻は戻ってきた」
「はい」
「そして、もう一度舞台のような場所を見ると、男たちは相変わらず並んでおる。そして、そしてじゃ」
「いよいよですね」
「そうじゃ、いよいよじゃ。おかしな状態に気づいたのは」
「どんな異変ですか」
「小さな人形だったのだ」
「はあ」
「並んで、待機していたのは正装した紳士の人形だったんだ。まるで、輪投げの標的の人形のように、よく見ると、そんな広い場所じゃない」
「ええ、そうですか」
「じゃ、妻は小さくなって人形と踊っていたことになる」
「そのあと、どうされました」
「セルフサービスの喫茶を発見した。営業していた。これもロビーの中だったと思う。軽く仕切られておるだけだ」
「はい」
「そこで妻はアイスティーを、わしはアイスコーヒーを飲んだ」
「ああ、はい」
「買い方が妙でな。まずグラスに氷を入れてからレジで入れてもらうのだよ」
「はあ、何となくドリンクバーとか、バイキングに似てますねえ」
「二人でそれを飲んだ。それで終わりだ」
「あのう、その、人形と踊ったという話なんですが」
「今考えると、本物だったのかもしれん」
「はい、わかりました。また、妙なことを思い出されたら、お話ください」
「ああ、忘れんうちにな」

   了


 


2009年12月7日

小説 川崎サイト