小説 川崎サイト

 

スローなクリスマスソング

川崎ゆきお



 ファストフード店にクリスマスの音楽が流れている。
 高田はその曲を知っていた。よく耳にするスローなクリスマスソングだ。ジングルベルジングルベル鈴が鳴る……のあのけたたましい曲ではない。
 ファストフード店で流れる音楽は鎮静タイプが多い。落ち着いた曲が選ばれる。それは、客を沈めるためだろう。店内で騒がないように落ち着かせるための曲を麻酔のように打ち込むのかもしれない。
 それでも若者は奇声を発する。どこかのお笑い芸人が大声で突っ込みを入れるのを真似ているためだろうか。若者が奇声を上げるのは自然ではない。無理にそういう声を発しているのだ。
 しかし、植田はその声に苛立たない。スローなクリスマスソングからの鎮静効果を受けているためだ。
 植田と同じような一人客が窓際の席に座り、タバコだけを吸っている。一人だけの世界に埋没しているようだ。その客から見れば、植田も埋没組だ。
 ファストフード店で安いコーヒーを飲み、タバコを吸い、休憩しているのだ。
 四人掛けのテーブルを二つ占領していた若者三人の所へ店員が来た。奇声の注意ではなく、混んできたのでテーブルの一つを解放してくれないかという依頼だ。
 依頼を受けた三人は「もう出ます」と真面目に応える。
「お片づけいたしましょうか」の問いかけにも、「いや、片づけます」と、これもまともな対応だ。
 若者が立ち去ると、店内は静かになる。そして、スローなクリスマスソングが店内を覆う。
 植田は再び、その鎮静効果を楽しむ。他にすることがないためだ。
 クリスマスが過ぎると、もうこの曲は流れないだろう。
 そして植田は毎年、こうしてクリスマスを通過する。

   了


2009年12月8日

小説 川崎サイト