小説 川崎サイト

 

ガラスに映る顔

川崎ゆきお




「本日は妄想の話なんですが」
「昨日もそうだったんじゃない」
「昨日はノーマルな話ですよ」
「どんな話だったかな? すごくイメージ的だったんで、忘れたよ」
「ガラスに人の顔が映るんですよ。でも本物の人間の顔じゃないですよ。だから、妄想の話ではなかったはずです」
「スリガラスだったかい」
「はい、模様ガラスというか」
「凹凸があるタイプだったっけ」
「そうです。米粒のように浮き上がっていて、それが星のように十字に刻んであるのです」
「米粒の上下左右に線が入っているんだね」
「そうです。星が光っているような感じで、それが横と縦に三つか四つあるんです。ガラス戸の下半分はその模様です。上は透明ガラスです」
「思い出した。どんどん人の顔が変わる話だったね」
「テレビの光とか、外光とかを受けて、光り方や浮きだし方が変わるんだと思います。でも、そういう代わり方じゃなく、ずっと見ていると、同じ光線状態でも、顔が変化するんです。米粒の中央部が目です。その隣の米粒も目です」
「ああ、昨日はその話を聞いていて、どういう状態なのかが想像できなかったんだ」
「すみません。説明が下手で」
「いいから続けて」
「はい。それで、その変化とは顔の表情じゃなく、違う顔になったり、顔の角度が変わって正面だと思っていたら、斜めの顔に見えていたり。小さい顔だと思っていたら、急に大きな顔が浮かんだり。それは意識し見ていると、ものすごい数の顔になるんです」
「ああ、もうわからなくなった。そう見えると言うことだね。それはわかるが、どういう感じなのかはわからない」
「写真を撮れば分かりやすいんだと思うんですが、だまし絵のような感じです」
「でも、どうしてそんなの見てるの」
「見ようと思って見ているわけじゃないんです。布団から見えるのです。少し枕を高くしないと見えませんが」
「まあ、天井の模様を見ているようなものか」
「そうです。そうです。そんな感じです。でも天井のシミや節穴より、多様な変化をするんです。模様ガラスの方が」
「それで、今日の話は何でした」
「それそれ、そのガラスに映る顔を知っていたんです」
「ほう」
「体調が悪いときや、疲れているとき、寝付く前に人の顔が洗われるのですよ。すごく怖い顔をしてます。その顔に似ているのです」
「それは、その顔に当てはめているのではないですか」
「なるほど」
「目を瞑って、怖い顔が浮かぶのは珍しくないですよ。その顔を覚えていて、ガラスの顔を、その顔に作ってしまうような現象だろうね。つまり、知ってるものに当てはめる」
「ガラスの顔は単純なんです。だから、そんなリアルな怖い顔には見えないはずなんですが、見えたんです。だから、これ、妄想でしょ」
「なるほど、だから、今日は妄想の話か」
「そうです。これこそ妄想でしょ。幻覚というのでしょうか。ないものが見えるんですから」
「あのね、同じ物や、同じところを、ずっと見ていると、もう見ていないのですよ」
「はあ?」
「自分で作ったイメージを見ているのです。だから、ガラスなんて、もう見ていない」
「あ、わかりました。安心しました」
「本当かなあ」

   了



2009年12月23日

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