ヘンゲ
川崎ゆきお
「やはり複数の世界がありますよ。今見ている世界とは別の世界があるのですよ」
西田係長が友人に語る。
「また、ワープものの話かい」
「ファンタジー世界じゃなくてもあるんだ」
「どうしたの急に。やっと係長になれたんだろ。今夜はお祝いだ」
「それで、世界を発見した」
「係長の世界かい」
「簡単に言えばそうだ。別の世界に入り込んだように思われるんだ」
「思われる……のかい。他人事みたいだな」
「自分事だからこそ、異様に見えるんだ」
「つまり、係長になって、世界観が変わったとでも」
「きっと、それだけの話なんだと思われる」
「また、思われるか……かい」
「部下ができた。それが妙なんだ」
「よくあることだろ」
「立場の違いで、世界まで違ってしまった」
「大げさな」
「同じ僕なのに、別の僕を演じているんだ。いや、ドラマのように役者をやっているわけじゃないんだよ。リアルだよ。リアルに変貌したんだ」
「変貌って、悪い方を感じるね」
「立場で考え方も変わる。これって、何だろう。同じ自分なのに、別のキャラをやっているように見受けられる」
「ほう、見受けられるね」
「別人格が入り込み、その視点で物事をとらえるようになる。今までの世界とは別の世界が見えてくる。これは、世界なんて、視点の違いで、変わるってことなんだ。これが解せない」
「君だって会社の人と話すときと、友達とでは違うだろ。キャラも変えるだろ。それと同じさ。同じ世界さ。別の世界が現れたわけじゃない」
「別世界のように見えるって、言うじゃない」
「印象が違ってたり、仕来りが違ってたりするだけだろ」
「じゃ、やはり世界は僕の中にあるんだ。世界をコントロールしているのは僕なんだ。僕が世界を映し出しているんだ」
「はいはい」
「部下を使うようになって、不安定になってね。今までとは違う地面を歩いているような感じで、落ち着かないんだ。廊下もいつもと違って見える。今まで同僚だった連中も、部下になると違う顔のように見える」
「嫌だねえ、そういう不安定な上司」
「僕が一番嫌だよ」
「出世したんだから、良い世界へ行ったんだよ」
「身動きがとれない」
「慣れるさ」
「そうかなあ」
「これは、ヘンカじゃなくヘンゲだ」
「妖怪変化の、あのヘンゲかい」
「ああ」
「失業中の俺としては、それこそ別世界の話だね」
「あ、失業」
「まあ、言う必要もないけどね」
「あ、それは大変だ」了
2009年12月27日