小説 川崎サイト



俳優

川崎ゆきお



 俳優の諸谷は演技で悩んでいた。大根だとの噂が広まったからだ。
 それを広げた人間に心当たりはない。諸谷を陥れようとするデマでもない。自然と周囲が言い出した大根だった。
 そんな諸谷でもやってこれたのは御曹司のためだ。両親とも俳優で、芸能一家の次男だった。
 長男は役者にはならずプロダクションを興している。俳優の才能がないことを知っていたからだ。
 その長男と双子のように似ているのも気になるところだ。
 諸田は兄の紹介で心理学者を訪ねた。父の親友だった人らしく、今は大学も退職し、学者としての仕事からも引退していた。
「演じていないと言われたんです。僕は演じているつもりなんですけど、どの役も同じだって」
 諸田に悩みを打ち明けた。
「私は心理学者で、そっちの専門じゃないからね」
「いえ、悩みを解決して欲しいとか、精神的ケアをしてくれというんじゃないのです。名優と大根の目の違いを知りたいんです」
「ないさ」
「えっ」
「名優はね、名優を演じているんですよ」
「じゃ、僕は大根を演じているのでしょうか」
「君は努力していないでしょ」
「はい」
「役者としての情熱もない」
 諸田は答えにくかったが、軽く頷いた。
「何十年も前になるかな。君のお父さんから同じことを聞かれたよ」
「父は名優なんでしょ」
「だから、名優を演じていたんだよ」
「先生の助言で?」
「そうなるかな。大学では同期で、よく遊んだ関係だからね」
「その目は違うというんです」
「はあ?」
「あのう、以前に出たドラマの演出家に」
「はいはい、その問題ね」
「本気に演じて、その感情になっていないって」
「真剣な眼差しとか、真実を語っているときの目というものなどないのですよ。目の形、瞳の色、そういうのがあるだけです」
「親父はどうやって乗り越えて名優になったのですか?」
「だから、そう思わせるような演技を人前で続けたのですよ。俳優として真摯にやっているように見せる演技をね」
 
   了
 



 

          2006年05月31日
 

 

 

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