小説 川崎サイト

 

出汁の話

川崎ゆきお




「この現象をどう思う?」
 カップうどんを食べながら下田が言う。
 どう見ても貧しいアパート暮らしだ。
 聞かれた尾上も下田の友達であるだけに裕福ではない。
「何が?」
「このきつねうどんだ」
 下田は舌先でカップうどんを指す。両手がふさがっているので、舌で指したわけだがベロを単に出しただけにしか見えない。
「カップラーメンが何か?」
「カップうどんだ。きつねうどんだ」
「そこにどんな現象が?」
「君が来たときに、食べていたんだが、食べるには作らないといけない。まあ、インスタントなんだから、調理と言うほどの問題ではない。湯を入れただけだ。もっと詳細に言えば、粉末スープも同時に入れて湯を注いだ」
「それで」
「スープの袋には七味のおまけも付いていた。しかし僕はそれは使わない」
「で、何の話?」
「七味を好きか嫌いかの話じゃない。問題はこの粉末スープだ」
「スープの話かい」
「そう、そのカテゴリーだが、少し成り行きが違う」
「あ、そう」
「それで、君が入ってくるまでに、もう三分ほど経過していたので、食べ始めていたんだ」
「僕と関係するの」
「いや、そうじゃない。君は関係しない。関与しないよ」
「それで……?」
「水くさい」
「スープが?」
「そう」
「七味を入れなかったからじゃないの」
「七味は関係ない。普通のノーマルな出汁として水くさい。味が薄い」
「粉末スープ、全部入れてなかったとか」
 下田はスープの袋を見せる。
「ほら、全部入れている。多少残っているだろうが」
「わからない」
「答えは油揚げだ」
「薄揚げ」
「こいつが犯人だ」
「お稲荷さんが犯人」
「こいつはスポンジなんだ。粉末出汁をほとんど吸い込んでしまってるんだ」
「そんなことがあるんだ」
「だが、回避方法法はある。箸で揚げを挟んで絞るんだ。今、学習したんだが揚げを麺の底において湯をかければ、かなり緩和するはずだ」
「なるほど」
「しかし、揚げにも味が実は付いているんだ。これは甘い。その甘い汁も一緒に出る。元来きつねうどんとは揚げの油っぽい甘みが鰹出汁の澄んだ湖に滲み出す岸辺がおいしいんだ」
「今度食べるとき気をつけるよ」
「こういう味を持っていく揚げのような奴が世の中にはいるんだ」
「そこまで拡大を」
「まあな」

   了

 


2010年1月26日

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