小説 川崎サイト

 

観覧車

川崎ゆきお




 吉田は久しぶりにプラットホームに立った。都心へ向かうその乗り場から駅前ビルがよく見える。ショッピングビルだ。
 いつもはそこで買い物をしている。都心部まで出る必要はない。
 しかし、その日は郊外の店舗では扱っていない電化製品なので、都心へ出る決心をしたのだ。
「もしかすると買うかもしれない。そんなことになれば生活費が圧迫される。あってはいけないことなのだ。買ってはならない支出なのだ」
 そういう矍鑠を何度も吉田は経験している。そのため、買えないで戻ることが多い。今回はどうだろうか。と、思いながらショッピングビルを眺める。ここですませれば問題はないのだ。
 そのとき、不思議に感じなかったのだが、屋上の観覧車をじっと見ていたのだ。
 吉田が気がついたのは電車が入ってきてからだ。すぐに乗り、ドアに寄って続きを見るが、観覧車はあっと言う間に見えなくなった。電車が出たためだ。
「あり得ない」
 それは観覧車のことだ。
 観覧車は数年前に撤去されている。ショッピングビルが廃り、客が少なくなり、観覧車が回る機会も減り、ついに撤去したのだ。
 近所からも、このショッピングビルは遠望できる。そのときの形は観覧車込みの形だ。それがなくなっているのは、かなり前から知っている。
 では、今見た観覧車は何だろう。
 撤去後、再びつけられたとは考えにくい。あり得ない。
 では、幻を見たのだろうか。
 電車は次の駅に到着する。まだドア側で立っているのだが、風景は特に変わっていない。久しぶりと言っても数ヶ月ぶりだ。沿線風景が急変するわけではない。気にしていないもの、目に付きにくいものは変化しているかもしれないが。
 観覧車は目に付きやすい。
「何だろう」
 吉田は妙な世界にワープしているのではないかと不安になった。しかし、その証拠となるのは観覧車だけで、他のものは以前と同じだと思える。
 そうすると錯覚だろう。
 ショッピングビルの屋上に観覧車がある絵をずっと記憶しているため、頭の中で適当に描き出したのだろう。
 そう考えると、ものを頭の中で書き出す仕掛けが少しだけミスしたと考える方がよい。
 吉田はそれで納得した。
 結局都心部で買い物はできず、あの駅へ戻ってきた。
 欲しかったものは手中になかった。
 電車が駅に入る手前でショッピングビルを見た。
 観覧車は眼中になかった。

   了

 


2010年1月28日

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