小説 川崎サイト

 

まがいもの

川崎ゆきお




 下村はやる気を見せない。やる気はあるのだが、何かをやろうとすると、とたんにたいそうになり、やる気が失せる。だが、やる気がないわけではない。むしろやりたがっている。
 複雑なのか単純なのか、下村の精神状態はよく見えない。
 その日もノートパソコンをビジネスバッグに入れ、都心部の喫茶店で休憩する。
 下村の中でビジネスシーンが発生しているわけではない。しかし、ビジネス志向は維持している。
 喫茶店は休憩で入っているように見える。ビジネス中のビジネスマンらしい扮装のためだ。しかし、これはコスプレだ。
 コスプレは特異なジャンルの服装をする物だが、ビジネスマンスタイルはその範囲ではない。
 だから、変装だろうか。
 変装は身を偽るような化け方となるが、下村は人をだます気はない。自分ではビジネスマンだと思っている。
 しかし、喫茶店で休憩するのはいいが、何のための休憩なのかが不明だ。つまり、メインがないのだ。そして休憩だけがある。
 下村は大きなノートパソコンを開き、表計算ソフトを起動している。
 その項目を見ると、ただの個人的な家計簿だ。
 ネットに接続し、検索を始める。
「焼き芋」と、検索文字をタイプする。
 急に焼き芋が気になったからだ。これもビジネスには関係はない。焼き芋屋をやるわけでもなく、サツマイモの相場を見るわけでもなく、焼き芋の作り方を調べるわけでもない。
 焼き芋を思いついたので、ちょっと調べただけだ。
 焼き芋は確かに存在し、焼き芋に関する情報がある。
 そういうものを軽く流し読みしただけで、もう焼き芋のことは頭から去った。
 下村は、こういう作業は嫌いではないようだが、それをビジネスに結びつけることはなかなかできない。
 やる気はあるのだが、本腰が入らないのだ。
 しかし、他人から見ると、下村は喫茶店で休憩するビジネスマンのように見える。誰もそれに関して疑わない。
 だが、そういうまがいものもいるのだ。

   了


2010年2月6日

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